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学力の低下の激し我が日本 悔いるも遅しこの二〇年 (02月12日)(火)

 雨のち曇り3−6度C 寒い 8時45分 トーヨーで打ち合わせ
 9時 区へ 打ち合わせ 11時 江戸川区教育委員で朝日新聞出身の高橋芽香子氏が来訪して要談 区の小学校の英語教育の件 高橋氏には日本ペンクラブ電子文藝館に件でお世話になった。同氏帰る。 諸用件のために架電 来電 14時30分 退庁
 15時30分 矢野弾氏と案件があって要談(有楽町・成城クラブ) 18時30分 中村氏らと案件があって懇談(区内) 夜は原稿 2時過ぎまで原稿。
 

●ソウル発 時事通信  韓国のソウル中心部にある名所・南大門(崇礼門)で11日夜発生した火災で、南大門は11日朝までに木造の楼閣部分が全焼し、石の土台部分を残してほぼ崩壊した。
 同国の通信社・聯合ニュースによると、捜査当局は放火したとみられる容疑者の男(70)を拘束して取り調べを進めている。
 南大門は14世紀末に建設され、国宝1号に指定されている。
 「ソウルの顔」とも言える代表的な文化財が焼け落ちたことに、旧正月の連休明けの国民は衝撃を受けている。
 
 火災は10日午後8時50分ごろ発生。消防車数十台が出動したが、建造物の構造などから消火作業は難航した。
 発生から約5時間後の11日未明には木造部分全体が炎に包まれ、最終的に焼け落ちた。 
 

●朝鮮日報によると、
 「壬辰倭乱(文禄・慶長の役)や丙子胡乱(清の朝鮮侵攻)、韓国戦争(朝鮮戦争)も耐え抜いた国宝第1号を平和な時代に灰にしてしまった。
 われわれは歴史の罪人だ」(南大門市場で商売を営むキム・ヒチョルさん、62歳)
 
 「南大門が火に包まれる様子を全国民が4時間にわたり見守った。
 韓国の心臓部を直撃した韓国版の『9・11』にほかならない」(主婦ホン・オクソンさん、61歳)
 創建から610年の風霜に耐えてきた国宝第1号の崇礼門(南大門)が一瞬にして炎の包まれ崩れ去る様子を呆然と見つめた市民らは、火災から一夜明けた11日、ショックや残念な気持ちを通り越し、一様に怒りをあらわにした。
 
 崇礼門前で商売を営んできた南大門市場のキム・ヒチョルさんは、
 「最新装備を備えた消防防災庁がありながら、首都心臓部にある国宝第1号を丸焼けにしてしまうなんて。
 責任の所在を明らかにし、歴史の前のひざまずかせなければならない」と怒りをぶちまけた。
 ソウル市江南区に住む主婦ホン・オクソンさんは、「息子に『南大門が燃えている』と言われ、火事を知った。普段昔の王宮を訪れる際に入場料を払っているが、それをいったいどこに使っているのか」と文化財行政を批判した。
 
 国民大4年のピョン・インスさん(28)は、11日未明に友人からのメールで火事を知ったといい、「公務員は国民の税金で何をしているのか」と不満を語った。
 
 文化観光部や文化財庁のホームページにはずさんな文化財管理を批判する意見が殺到した。
 文化財庁のホームページはアクセスが殺到し、午前1時から8時まで7時間にわたりサーバーがダウンした。
 文化観光部の掲示板には
 「ウンヒョン宮の門に車が突っ込み壊れたかと思えば、崇礼門は炎に包まれ、水原では長安門が焦げ、西将台は焼失し、襄陽では(山火事で)洛山寺が焼け落ちた。管理をもう少ししっかりしよう」と、過去の文化財火災を列挙した非難の書き込みもあった。
 
 崇礼門に宿っていた生命を悼むかのように、灰と化した楼閣の前では献花して祈る市民の姿も後を絶たなかった。
 11日午後には警察の封鎖線の内側に哀悼の意を表す菊やユリの花束が積み上がった。
 ソウル市中浪区の主婦キム・ジョンヒさん(58)は、白い菊の花束を封鎖線の前に置き、
 「あってはならないことが起きた」と嘆いた。一輪の菊の花を手に訪れた40代男性は、崇礼門に向かってお辞儀をして、「世界最高水準の木造建築物が燃えてしまい胸が痛む」と話した。
 ある花束には「祖先の遺産を守ることができず申し訳ありません」というメッセージが書かれた黒いリボンが添えられていた。
 原稿用紙を持参した小学生が無残な姿をさらす崇礼門の前で「守ることができなくてごめんなさい」といった作文を書く姿も見られた。
 
 専門家らは崇礼門が廃虚と化す全過程を見守った人々の心理的ショックを懸念する。
 蔚山医大江陵峨山病院精神科のペク・サンビン教授は「米国の象徴だった世界貿易センターが同時多発テロで崩壊する様子をテレビで見た米国人が心理的なパニックに陥ったのと同様、崇礼門の崩壊を目撃した韓国人が喪失感と惨たんたる気持ちを抱いている」と指摘した。
 精神医学的に言えば、災害現場を目にした人がそれを自分自身に起きたことのように感じる「投射現象」が起き、不安感や恐怖感に苦しむことがあるという。
 
 建国大病院精神科のハ・ジヒョン教授は「崇礼門は李舜臣将軍(文禄・慶長の役で日本と戦った李氏朝鮮の将軍)の銅像と同様、われわれを守る象徴的存在だった。
 崇礼門を失った喪失感と不安感は長い間残るだろう」と話した。
 江北サムスン病院精神科のシン・ヨンチョル教授は、
 「集団的な怒りは往々にして誰かをスケープゴートにしようという方向に動くものだ。
 虚脱感を抑えて事後の対策を話し合う姿勢が必要だ」と冷静な対応を呼び掛けた。
 
 崇礼門(南大門)火災の原因が放火だったことが分かり、放火犯に対する処罰がどのようなものになるのか関心が集まっている。
 放火の場合、犯人は最高で無期懲役となり、民事上の責任も負わなければならない。
 文化財保護法や刑法などによると、文化財を燃やした犯人は最高で無期懲役または3年以上の懲役となる。
 
 放火犯は国宝第1号を全焼させた上に、南大門復元に要する費用が数百億ウォン(100億ウォン=約11億3000万円)と予想されていることから、厳重な処罰が避けられない。
 しかし一部の判事たちは、「放火犯は厳重に処罰されるだろうが、けが人や死亡者は出なかったため、最高刑の無期懲役となる可能性は低いのではないか」と考えているようだ。 ソウル中央地方裁判所のある判事は、「酒に酔っていたり、心身の状態が正常ではなかったとすれば、刑がさらに軽くなる可能性もある」と述べた。
 
 放火犯は民事上の責任も負わなければならない。しかし、個人が崇礼門の莫大な金銭的価値を全額弁償するのは不可能に近い。
 ソウル中央地方裁判所の別の判事は、「裁判所がいくら賠償せよと判決を下したとしても、判決文自体に大した意味がなくなる可能性が高い」と語った。
 
 崇礼門(南大門)が火災で全焼し崩壊したのは、消防署が文化財庁から「積極的に火災の鎮圧に乗り出してほしい」との連絡を受けてから2時間5分も時間を無駄にし、消極的な対応で一貫していたためであることが分かった。
 また、崇礼門を管轄するソウル中央消防署が、昨年4月に火災発生に備えて現場で訓練を行っていたにもかかわらず、実際に火災が発生すると何の対応もとれなかったことも明らかになった。
 
 11日に朝鮮日報社が入手したソウル中部消防署の火災当日(10日)の日誌によると、消防署が文化財庁から
 「崇礼門が損壊してもいいから、積極的に消火してほしい」という連絡を受けたのは午後9時35分だった。しかし消防署はその2時間5分後の午後11時40分になって、やっと瓦屋根の木造建物鎮火のために必要な屋根の解体作業を本格的に開始した。
 
 ソウル中区庁の内部報告書においても、消防署は火災当初、瓦屋根にのみ水をかける間接鎮火活動を行い、午後10時になってやっと内側の柱に放水を行う直接鎮火へと切り替えたと記載されている。
 しかし消防署の幹部は、「火災発生当初は文化財であることから慎重に消火作業を進めたが、午後10時20分からは楼閣内部の消防隊員を外に出し、屋根の解体作業の準備を開始した」と主張している。
 
 またソウル中央消防署は、昨年4月に崇礼門現場で消火訓練を行ったが、火災発生時の消防車の位置を確認するだけの形式的な訓練のみを行い、木造文化財に火災が発生した場合どのように消火作業を行うべきかという実践的な訓練はまったく行われなかったことも確認された。
 そのため消防署は火災が発生した当初、崇礼門内部の構造さえも把握できていなかったのだ。
 
 火災の原因を捜査している警察は、この日容疑者として名前が浮かび上がった10人前後の放火前科者の中から一人の身柄を確保して調査を行った。
 警察関係者は、「江華道河岾面で放火の前科があるチェ某容疑者(70)に対して取り調べを行っている」と明らかにした。チェ容疑者は06年4月にも昌慶宮文政殿に火をつけた前科があるという。
 
 警察はさらに火元と推定される場所から、放火に用いられたとみられる使い捨てライター2個と脚立2台を発見し、国立科学捜査研究所に調査を依頼した。
 検察もこの日、火災原因を明らかにするために特別捜査チームを結成した。
 ソウル中央地方検察庁刑事3部の趙柱太(チョ・ジュテ)検事をリーダーとする検事4人が、警察による現場検証と火災原因の究明を指揮することになった。
 
 外信は主要ニュースとして「600年の風雪に耐えてきた韓国の国宝第1号である南大門(崇礼門)が、わずか5時間の火災で突然失われた」と報じた。
 NHKなど日本の放送各社は、南大門が火に包まれる場面を現場から中継し、火災現場周辺で残念な思いで見守る市民の反応などを報じた。
 
 日本のマスコミは南大門について、600年前に建造されたソウルで最も古い木造建築物と説明し、近くの南大門市場は日本人観光客がよく訪れる場所だと紹介した。
 朝日新聞は南大門全焼崩壊に韓国社会が大きな衝撃を受けていると報じ、南大門の復元には少なくとも2年以上、およそ200億ウォン(約23億円)の費用を要すると推定した。
 
 共同通信は「南大門は国宝1号であるにもかかわらず、消化器以外の防火設備はなく、深夜から朝までは警備員もいなかった」と指摘した。
 ロイター通信は、「幼い子どもたちから一般の市民まで、黒い燃えかすとなった国の象徴を戦慄(せんりつ)の思いで見つめている」
 「南大門は毎日外国人を乗せた数十台の観光バスが立ち寄る名所で、同じ名前の伝統的な市場も近くにある韓国観光産業の中心地だった」と報じた。
 
 AFP通信は「南大門は日本の残忍な植民統治や韓国戦争(朝鮮戦争)を経ても残った、数少ない歴史的建造物だった」と報道。
 マレーシア国営通信は11日、「韓国人が国宝第1号である南大門の崩壊に悲しんでいる」と題されたソウル発の記事で、「旧正月明けの最初の月曜の朝、深い悲しみがソウルの街を覆った」と報じた。
 カタールの衛星放送アルジャジーラは、「火災がソウルの歴史的建物である南大門を破壊した」「多くの観光客が黒く燃え果てた残骸(ざんがい)の前で悲しんでいる」と報じた。
 
 ソウル市で10日に起きた崇礼門(南大門)放火事件を捜査している合同捜査本部は12日、有力な容疑者として取り調べを受けていた70歳の男が犯行を認めたと発表した。
 捜査本部によると、男は目撃者が崇礼門周辺で見かけた60代とみられる人物と姿や着衣が似ており、証言と一致する衣服やかばんを所持していたため、有力な容疑者として浮上。11日に仁川市江華郡で身柄を拘束され、取り調べを受けていた。
 
 警察は男の自宅から目撃者が証言したものと同じ種類のはしご、かばん、服に加え、シンナー1瓶などが発見されたため、追及していた。
 男は06年4月にもソウル市の昌慶宮文政殿に放火した前科がある。
 この火事の被害額は400万ウォン(約45万円)だった。
 
 警察は男が文政殿に放火した際、土地補償に絡むトラブルで腹いせに犯行に及んだと供述しており、今回も同様の理由で崇礼門に放火したとみて調べている。
 警察が男から押収した手紙には、京畿道高陽市一山地区に保有する土地が開発対象となったが、補償金問題が解決せず、土地を売却できずにおり、社会的関心を引くため放火したという趣旨の内容が含まれているという。
 

●南大門放火の犯人

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