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狼狽の株価暴落上院で 恐怖の議会再度の可決 (09月28日)(日)

 すっかり秋めいていて涼しい。18−23度C 5時起床 昨夜遅くまでテレビを観ていたが早く起きてしまう。 8時 案件があって田中氏 吉田氏が来訪(自宅) 11時
 首都圏鶴岡会に出る(TH2階) 八代目橘家円蔵師匠の講演『鶴岡の思い出』は小生が紹介した。多田江戸川区長も出席して挨拶。 鶴岡副市長は新幹線が不通になりやむを得ず欠席した。14時30分終了して解散。 
 16時 栗木氏と案件があって要談  夜は藤原和博「つなげる力」を読む。 いただきもものの歌集・歌誌を読む。
 

●この人少しおかしいと思うが・・・・。中山成彬国土交通相(65)(衆院宮崎1区)は28日午前、首相官邸で麻生首相と会い、成田空港拡張への反対を「ごね得」などと発言した問題の責任を取って辞表を提出し、受理された。
 内閣発足から5日目の辞任で、竹下改造内閣の長谷川峻法相の4日に次ぎ、現行憲法下では2番目に早い辞任となった。
 
 野党側は首相の任命責任を追及する構えで、発足したばかりの麻生政権にとって、大きな打撃となった。
 今後、衆院解散・総選挙をにらんだ与野党の攻防は激しさを増しそうだ。
 中山氏は首相に、「せっかく重要なポストに就かせてもらったのに、職責を全うすることができなくなり申し訳ない」と辞任を申し出た。
 首相は「誠に残念だ」と述べ、辞任を了承した。
 
 中山氏はこの後、国交省で記者会見し、「(2008年度)補正予算案をスムーズに審議するためにも、自ら身を引くことを決意した」と述べた。
 中山氏は25日の報道各社とのインタビューで、成田空港拡張への反対を「ごね得」と表現したほか、「日本は随分内向きな単一民族といいますか」「日教組(日本教職員組合)の強いところは学力が低い」などと発言した。
 27日の地元・宮崎市での会合で発言の真意を説明し、「ごね得」
 「日本は単一民族」との表現については陳謝したが、日教組については、「日教組を解体しないといけない」などと改めて批判していた。
 
 首相としては、中山氏の一連の発言を巡る問題が国会運営混乱の要因となり、次期衆院選にも影響を与えかねないと判断、与党内からも批判の声が強まったことなどを受け、辞任を認め、事態の早期収拾を図ることにした。変な話である。
 

●東京・神保町の古書店街でちょっとした異変が起きているそうだ。
 日本と韓国が領有権を巡って争っている竹島に関連して、「竹島は韓国領」と記された古地図が売れているというのだ。 買いに来るのは韓国・朝鮮人と見られる外国人。竹島領有を正当化できる証拠を買い漁っているのだろうか。
 
外国人が神保町周辺で古地図を買い占めているといううわさは以前からあったようだ。
 小学館の国際情報誌『SAPIO』の9月24日号には「謎の外国人が神保町の古書店で極東の『古地図』を買い漁っている」という見出しの記事が掲載されている。
 大まかな内容は、日本の保護国となる1905年以前に韓国で作られた地図を調べると、韓国が竹島を日本領と認識していたことが確認できる。
 そして、韓国側にとって不利となるそのような古地図を、謎のアジア系の外国人が神保町の古書店で「買い占め」ているといったものだ。
 
古地図に関しては神保町で随一の品揃えを誇る店で、女性店員に尋ねてみた。
「碓かにアジア系のお客さんは(古地図を買いに)昔から来ますよ。
 若い人はあまり来ませんね、大体50〜60代です。竹島問題が絡んでいるかどうかは分かりません」
 アジア系の外国人が古地図を買っていくというのは事実らしい。他の店舗でも同様の反応が返ってきた。
「韓国の方だと思いますよ」
 
別の老舗の店主は「アジア系の外国人が古地図を買っていく」と認め、こう語る。
「韓国の方だと思いますよ。買っていくのは古い世界地図で竹島が韓国領に色分けされているものや、江戸時代に作られた日本地図で日本海が朝鮮海と表記されているものなどです。 趣味でそんなものを買い求める人はいません。おそらく、どうしても集めたいものなんでしょう」
 
竹島が日本領となっている韓国で発行された古地図だけでなく、竹島が韓国領となっている日本で発行された古地図、つまり、韓国側が竹島領有を正当化できる証拠のようなものを買っていたのだ。
 それも店主の話によると、「あれば(必ず)買っていく」のだという。
ひょっとすると、古書店街を舞台に外交の情報収集活動が行われているのかもしれない。
 

●今期限りの政界引退を表明した小泉純一郎元首相(66=神奈川11区)が27日、地元神奈川県横須賀、三浦両市で支援者に引退を正式に報告、後継者の次男進次郎氏(27)を「私が初めて立候補した時よりしっかりしている」と、親ばか全開でアピールした。
 変人といわれた元ライオン宰相もすっかり父親に戻り、世襲批判に理解を求めた。
 進次郎氏は、初めて公の場であいさつに立ち「皆さんに期待されるような政治家になりたい」と、意欲を見せた。
 
 小泉氏は、すっかり1人のお父さんに戻って、進次郎氏を支援者に紹介した。
 「申しあげにくいのですが…」と切り出した。公の場で子供について話すのは珍しい。進次郎氏は、小泉氏が父純也さんの急死を受け初めて選挙に立候補した時と同じ27歳。
 「進次郎をみていると、私が27歳の時よりしっかりしている。親ばかかもしれないが、私も普通の親。
 これで私が変人でなく普通の人間と分かってもらえるでしょう」。「親ばか」を連発しながら、4代目をお披露目した。
 
 「1年前から私と一緒に活動してきた。進次郎にも(タレントの長男)孝太郎にも政治家になれといったことはない。
 孝太郎は役者を一生の仕事にしたので、政治家になることは考えるなと言ったが進次郎は政治家になりたいと」。立候補は、あくまで本人の意志であると強調した。
 
 小泉氏が3代目で立候補する時も「世襲」といわれた。初めて選挙に出た69年衆院選で、世襲の新人候補は小泉氏、小沢一郎民主党代表(66)、佐藤観樹元議員の3人。
 小泉氏だけ落選し「よほど出来が悪いといわれ落ち込んだ」と振り返った。
 世襲でも順風満帆ばかりではないことを伝え、後継にすることに理解を求めたかったようだ。
 進次郎氏は昨年6月、勤務していた米ワシントンのシンクタンクから帰国し、小泉氏と支援者回りを続けてきた。「最初に比べるとしっかりしてきた」(支援者)と、周囲の評価も上がったという。
 後援会幹部は「世襲だから、必ず当選するというわけではない。皆さんに後継者と認めてもらえれば、違う人格でスタートする」と話した。
 一方で「恐れず、ひるまず、とらわれずの小泉氏の熱い血が流れている」と、小泉氏あっての進次郎氏を強調しなくてはならない面もあり、思いは複雑だ。
 
 小泉家の初代又次郎氏は1908年に政界入り。小泉氏の引退と、進次郎氏の後継はちょうど100年の節目に当たる。赤いネクタイ姿の進次郎氏は、父や家族が見守る中、
 「父を36年力強く支援していただいた皆さんに感謝します。
 まだ未熟ですが、皆さんに期待を持ってもらえるような政治家になるよう頑張りたい」と決意表明。緊張のデビュー戦を終えた。

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