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吉田邸戦後の歴史見つめたり 春一番に空しく焼失す (03月23日)(月)

 成田空港で中国の貨物機が強風にあおられて炎上した。早朝から強風である。 快晴 12−18度C 8時35分 トーヨーで打ち合わせ 8時50分 区へ 打ち合わせ 
 13時 退庁 14時 赤木氏と要件があって懇談(区内) 強風
 18時30分 江戸川区議会文化芸術振興議員連盟と江戸川区文化会・音楽協議会との懇談会(グリーンパレス)
 

●発光するオワンクラゲの体内から緑色蛍光たんぱく質を発見し、ノーベル化学賞を受賞した米ボストン大名誉教授、下村脩さん(80)(米国在住)が22日、母校の長崎大(長崎市)で記念講演を行った。
 下村さんは「難しいことほど達成した時の喜びは大きい。努力あるのみ」と語りかけ、学生ら約700人は、偉業を成し遂げた大先輩を尊敬のまなざしで見つめた。
 
 下村さんは1951年、長崎医科大付属薬学専門部(現・長崎大薬学部)を卒業。
 この日は、大学から名誉博士の称号と記念の金時計を贈られた後、原爆で崩壊した同医科大の建物やオワンクラゲの写真をスクリーンに映しながら、長崎での思い出や研究の道のりなどを振り返った。
 
 下村さんは研究に行き詰まった際、「誰も話しかけてこないから」と海にこぎ出したボートの上で思案したエピソードなどを紹介。
 「若い人には元気を出してほしい。絶対にあきらめないで成功するまで頑張ろう」とエールを送った。
 講演に先立ち、長崎県庁で金子原二郎知事から、名誉県民の顕彰状も受け取った。
 

●春一番の強風が吹き荒れて戦後日本の歩みを決定付けた「ワンマン宰相」の政治ドラマの舞台が、炎とともに消え去った。
 22日全焼した神奈川県大磯町の旧吉田茂邸。元首相の孫である麻生太郎首相ら政界関係者は懐古とともに焼失を惜しんだ。
 ゆかりの各国元首らから贈られた貴重な調度品も失われたとみられる。
 県内では近年、歴史的建造物の焼失が相次いでおり、防火の難しさも浮き彫りにした。
 
 旧吉田邸には数々の逸話が残っている。吉田元首相の孫で、「おじいちゃんっ子」だった麻生首相にとっては、元首相の晩年、週末に足を運んだゆかりの深い屋敷でもある。
 首相は著書「麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀」の中で、旧吉田邸にまつわる祖父との数々の思い出話を紹介している。
 組閣の際、大磯の私邸で構想を練った元首相は、閣僚候補の名前を記した巻紙を「チョットこれを持っていろ」と太郎少年に持たせたことがあった。
 孫が両手で広げたその巻紙に、元首相が朱筆で○×△などの印を入れて組閣名簿を完成させていったという。
 
 吉田内閣総辞職(1954年12月)後も、「吉田学校」の優等生だった池田勇人、佐藤栄作両元首相らが現職首相として足しげく訪れ、助言を得た姿は「大磯詣で」と言われた。
 吉田元首相の死後、79年には大平正芳元首相とカーター元米大統領による日米首脳会談の場所ともなった。
 吉田元首相は風光明媚(めいび)で温暖な大磯の地をこよなく愛した。
 首相退陣から10年を経た64年11月の宮中園遊会の折、昭和天皇が元首相に「大磯は暖かいだろうね」と問いかけると「はい、あたたこうございますが、私の懐は寒うございます」と答えたというエピソードもある。
 
 佐藤元首相の次男で運輸相や通産相を務めた佐藤信二元衆院議員は
 「大磯には父について行った。父が首相に就任した後は、吉田さんは父を上座に座らせた。
 父は拒もうとしたが、吉田さんは『佐藤君にではなく日本国の総理大臣に敬意を表しているのだ』と言った。
 権威というものをそうやって教えたのだろう」と語った。
 
 防火設備なく、貴重品も灰になったという。蒋介石のガラス製ついたて、ネール元インド首相のクジャクはく製、カーター元米大統領が使った大テーブル……。
 県平塚土木事務所によると、旧吉田邸には、歴史を物語る贈り物の数々も保管されていた。
 吉田元首相と首相官邸を結んだ「官邸電話」も含め焼失したとみられる。
 駆けつけた地元選出の河野太郎衆院議員は「建物は図面で再建できるかもしれないが、調度品は取り返しがつかない」と肩を落とした。
 
 火災の一報は午前6時2分。大磯町によると、旧吉田邸の警備員から「煙が出ています」と119番が入った。
 消防車計18台で消火活動に当たったが、強風に妨げられ全焼を防げなかった。
 住宅を所有・管理する西武鉄道によると、警備員1人が敷地内に常駐し、漏電警報装置と消火器はあったが、火災報知機やスプリンクラーなどの防火設備はなかった。文化財ではないため消防法上の設置義務はない。
 
 ただ、神奈川県内では、火災報知機がない歴史的建物の焼失が相次ぐ。
 15日には横浜市戸塚区にある国の重要文化財「旧住友家俣野別邸」が全焼したが、原因は調査中。
 藤沢市の「旧モーガン邸」は07年5月と08年1月の火災で全焼、県警は放火とみて捜査中だ。
 
 御厨(みくりや)貴・東京大教授(日本政治史)の話
 戦後政治史に一つの区切りができそうな時期に、その象徴が一足先になくなった気がする。
 昔の政治家は大邸宅を構え、ぜいたくな空間で物事を考えていた。
 今の政治家にはないが、そうした歴史を追体験できなくなるのは残念だ。

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