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天よりの舞たる女神キムヨナと 韓国マスコミ熱狂の渦に (02月27日)(土)

 早暁からの小雨 7−14度C 午前中 原稿
 13時 江戸川区芸能文化協会 伝統文化こども教室発表会(グリーンパレス)で挨拶 15時 案件があって原田氏
 木田氏と懇談(区内) 夜は週刊誌 雑誌、「江戸幕府事典」 馬場基「平城京に暮らす」などを読む。
 

●韓国の朝鮮日報記事から・・・
 娘は手の届かないところにいた。叫んでもその声は届かず、もはやしてやれることは何もない。
 この14年間、娘がトレーニングを重ねる間、母は常に影で支え、声援を送り、あるときは大声を上げた。
 しかし今この瞬間、全世界の目が自分の娘であるキム・ヨナ(19)を見守っているのに、母親のパク・ミヒさん(51)は娘の姿から目をそらしていた。緊張のあまり演技を見ることができず、競技会場であるパシフィック・コロシアムのスタンド後方の廊下に出て、壁を見つめていた。
 
 数分後、会場からものすごい歓声が聞こえた瞬間、パクさんは金メダルかもしれないと思い、点数を確認すると、涙をこぼした。
 当時幼稚園生だった6歳のキム・ヨナを連れて、初めて京畿道果川市の室内リンクでフィギュアスケートをさせてからこれまでの苦労が、すべて報われた瞬間だった。
 
 バンクーバー冬季五輪フィギュア女子金メダリスト誕生の影には、偉大な母の愛情があった。
 幼いキム・ヨナが才能を見せ、本格的にフィギュアスケートを始めてから、パクさんは自分の人生をすべて娘に捧げた。
 午前9時から夜中の1時まで、1日16時間の強化トレーニングの間、母はずっと娘のそばから離れなかった。
 パクさんは韓国の「フィギュア・ママ」の中で、最も厳しく娘を育てた人といわれる。
 娘の運転手役はもちろん、娘が怠けると容赦なく叱り付ける厳しいコーチだった。
 
 一番大変だったのは、キム・ヨナが思春期を迎え始めた小学校6年生のころだったという。
 娘は四六時中厳しく指導する母を恨めしく思い、引退すると言い張った。
 そして母は娘が自分の気持ちを理解してくれないことに寂しさを感じ、さらに責め立てた。
 母と娘は、日常茶飯事のごとく言い争いを繰り広げ、仲直りしてはスケート場へ通う日々を送った。
 
 キム・ヨナが、かつて世界的なスターだったブライアン・オーサー氏をコーチとして迎え入れ、昨年の世界選手権大会で優勝した後は、経済的な余裕もでき、パクさんは一歩後ろに下がることができた。
 しかし、その後も絶えず娘をそばで見守りながら、手となり足となって支えてきた。今回のオリンピックを前に、キム・ヨナがカナダ・トロントでトレーニングをしていた間も、パクさんはずっと娘のそばでサポートした。キム・ヨナの胸に輝く金メダルは、この14年間、娘と同じ夢を抱き続け、見守ってきた母の努力の勲章でもある。
 現地で娘の演技を見守った父のキム・ヒョンソクさん(53)は、「金メダルを最初に首にかけるのはヨナの母親だ。ヨナが一番感謝しなくてはならない人だ」と話した。
 

 

●政府は26日、永住外国人に地方選挙権を付与する法案について、政府提案による今通常国会への提出を見送る方針を固めた。連立を組む国民新党が反対しており、原口一博総務相は同日の閣議後の記者会見で、「連立与党内で立場が異なり、政府提案はなかなか難しい」と表明。与野党内で議員立法の動きが広まるかが焦点となる。
 
 地方選挙権法案を巡っては、民主党の小沢一郎幹事長の意向を踏まえ、同党が昨年末、政府に検討を要請。鳩山由紀夫首相も同調していたが、平野博文官房長官は26日の記者会見で「連立(与党)の合意を取らなければ、政府から提出するのは大変厳しかろう」と述べ、政府提案は困難との見通しを示した。
 
 国民新党は「選挙権を付与すると、日本人との間で民族間の対立を招きかねない」などとして、法案提出に反対姿勢を崩していない。原口氏は26日の記者会見で「総務省内で議論の整理をしたが、民主主義の基本にかかわる。国会の場でしっかりご議論いただくことが大事だ」と述べ、議員立法で検討すべきだとの考えを示した。

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