<カレンダーへ戻る
バックナンバー 

中国の餃子犯人逮捕さる 二ヵ年を経し疑惑の多し (03月29日)(月)

 非常に冷たく感じられる朝である。午前中4−8度C 8時30分 トーヨー 8時45分 区へ 打ち合わせ
執務 来客 車検で車を預けた。 13時 朝日氏と案件があって要談 15時 大宅氏と案件があって要談 17時 村上氏と案件があって要談 18時 夕食会 夜はクライアン・カークランド「18世紀ヨーロッパの文化と歴史」を読む。雑誌、書簡、手紙の整理をする。
 

●26日に韓国の西海(ソヘ、黄海)で沈没した海軍哨戒艦「天安(チョンアン)」(1200トン級)の行方不明者46人は今どこにいるのか。
 爆発の原因は何か。「天安」沈没から4日目の29日未明まで、その原因は分からず、行方不明者も見つかっていない。韓国軍当局は27−28日、9回にわたり事故海域で探索活動を繰り広げたが、行方不明者を探せなかった。
 
韓国合同参謀本部は28日のブリーフィングで「海軍海難救助隊(SSU)が水中に入って作業したが、視界が悪いうえ潮の流れが速く、特に成果はなかった」と明らかにした。
「天安」沈没の過程と軍の説明に対する疑問も提起されている。
 軍は事故の後、船体の底に穴が開いて3時間で沈没した、と発表した。
 しかし27日の国会国防委では、爆発の2分後に艦尾が沈没し、20分で船体の6割が沈んだと話した。その後、船体が二つに割れたと明らかにした。
 このため、軍が最初の発表で事態を縮小しようとしたのではないかという疑惑が起きている。
 
救助の経緯に対する疑問も出てくる。海軍高速艇4隻が沈没現場に到着したのは爆発の30分後だった。しかし乗組員を救助したのは海上警察の艦艇だった。「天安」沈没後に船体が割れた地点をめぐる海軍と海上警察の主張も食い違っている。
 
艦艇の沈没を起こした爆発の場所が内部であろうと外部であろうと大きな波紋は避けられない。船体内部の爆発物による事故や機関の欠陥の場合、軍規律の弛緩が問題だ。機雷による沈没や北朝鮮の攻撃などと明らかになった場合、警戒に穴が開いたということだ。いかなる場合でも政府の責任が俎上の載せられる見込みだ。
 
韓国政府関係者はこの日、「天安爆発の数時間後、北朝鮮の空軍機が平壌(ピョンヤン)近隣から発進し、黄海道海州(ホァンヘド・ヘジュ)付近まで飛行していた」とし「照明弾が発射されるとどうなるかを確認するためと、韓国軍は把握している」と述べた。
 

●北朝鮮による拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表は28日、拉致被害者で帰国した蓮池薫さんの兄透さん(55)を、家族会から退会させる決議をしたと表明した。
 家族会と支援団体「救う会」の合同会議後の記者会見で明らかにした。
 
 増元照明事務局長は理由として、日本政府に求める北朝鮮への対応方針が異なると指摘。
 「透氏は(経済制裁などの)圧力より対話と主張しており、家族会の総意と違う。この4年ほど家族会の総会にも出ず、総意を無視する発言が続いており、国民に家族会の意思が変遷したと誤解を招くため」と述べた。
 27日の家族会総会で決議したという。
 
 透さんは朝日新聞の取材に対し「まだ何も聞いていない。意見の多様性を認めない理由がわからないが、私を外すことで拉致問題の解決につながるなら甘んじて受け入れる」と話した。
 

●ワシントン発 共同通信
 オバマ米大統領は28日、就任後初めてアフガニスタンを電撃訪問した。
 カルザイ大統領との首脳会談ではアフガン政府内にまん延する汚職や縁故での職員採用をなくすよう要求。
 カルザイ氏が5月に訪米し、改善状況を報告することで合意した。
 記者会見したオバマ氏は「アフガンでの前進に勇気づけられた」と述べ、昨年12月に決断した3万人規模の部隊増派による治安改善に自信をみせた。
 
 アフガン東部のバグラム空軍基地に降り立ったオバマ氏はヘリコプターで首都カブール入り。
 ジョーンズ大統領補佐官(国家安全保障担当)によると、首脳会談でオバマ氏は政府内の規律改善と反政府勢力タリバンの資金源とされる麻薬取引の取り締まり強化などを求めた。
 記者会見ではテロ掃討戦の成果を強調。2011年7月に米軍撤退を始めるとした新戦略に変更がないことを明らかにした。
 
 その一方で「民生面も前進し続けなければならない」と語り、アフガン世論をまとめられないカルザイ政権の立て直しの重要性を力説した。カルザイ氏は米国の支援への謝意を示した。
 この後、オバマ氏はバグラム基地に戻り、部隊を激励。米兵だけでなく、「ここには仲間がいる」と同盟国の部隊への謝意を表明した。同日中に帰国の途についた。
 
 訪問はテロを警戒し、27日に事前予告なしにワシントンを出発。現地到着後にホワイトハウスが発表した。
 26日段階では週末はワシントン郊外の大統領別荘キャンプ・デービッドで過ごすことになっていた。ホワイトハウスによると、カルザイ氏には25日に連絡したという。
 オバマ氏が戦地を訪れたのは昨年のイラク訪問に次いで2回目であった。
 

●産経新聞朝刊トップ記事から・・・・
 鳩山由紀夫首相側の偽装献金事件で起訴された元公設第1秘書、勝場啓二被告(59)が平成15年の衆院選の際、大阪1区から立候補した民主党の熊田篤嗣衆院議員(民主党)側に現金200万円を渡したと、複数の関係者が産経新聞の取材に証言した。
 資金の授受は鳩山、熊田両氏側の政治資金収支報告書などに記載されておらず、証言通りなら裏金といえる。鳩山氏は国会で「いかがわしいお金を子分づくりのために回したことはない」と答弁しているが、その信憑(しんぴょう)性に疑問が浮かんだ。
 
 関係者の証言によると、当時公設第1秘書だった勝場被告は15年11月の衆院選が公示される直前の10月中旬ごろ、大阪1区から初出馬した熊田氏の大阪市内の自宅兼事務所を訪れた。
 勝場被告は応対した事務員に名刺を渡し、「鳩山事務所からの陣中見舞いです。領収書はいりません」と言って封筒を渡したという。
 
 勝場被告が事務所から帰った後で事務員が封筒の中身を確認すると、新札で100万円の束が2つ入っていたという。現金は熊田氏の支援者を通じ、熊田氏本人に手渡されたという。
 鳩山氏と熊田氏の関連政治団体の政治資金収支報告書や、選挙運動費用の収支報告書には、いずれも該当する記載がなく、政治資金規正法や公職選挙法違反の疑いがある。ただ、いずれもすでに時効が成立している。
 
 熊田氏は15、17年の衆院選に民主党公認で立候補したが落選。民主党は連続落選者を原則公認しないが、熊田氏は昨年の衆院選でも公認され、初当選を果たした。
 鳩山氏が熊田氏夫妻の結婚媒酌人を務めるなど両者の関係は近い。
 
 鳩山氏は今年3月3日、参院予算委員会で「表に見えないようなお金を配っているんじゃないかと、子分づくりのためにという話があったが、そういうことではない。
 政治資金規正法にのっとって候補者や議員に寄付している」と答弁していた。しかし、当時の事情を知る複数の関係者が勝場被告から熊田氏側への裏金提供を証言しており、鳩山氏の国会答弁の信憑性が揺らいだ格好だ。
 
 産経新聞の取材に対し、勝場被告は「記憶にありません」、熊田事務所は「そのような事実はございません」、鳩山事務所は「そのような事実はあり得ないと考えます」と回答した。
 偽装献金事件での勝場被告の初公判は29日に東京地裁で開かれる。
 

●鳩山首相は29日夕、自身の資金管理団体「友愛政経懇話会」の偽装献金事件で政治資金規正法違反(虚偽記入)に問われた元公設第1秘書・勝場啓二被告(59)の初公判で、勝場被告が起訴事実を認め、検察側が禁固2年を求刑したことについて、「勝場君は私のためを思って働いてくれて、このようなことを犯した。私という政治家がいなければ、勝場君もこういう罪を犯さなかった。その責任をかみしめながら、今の立場で国民のために精いっぱい働いて使命を果たしたい」と述べた。首相官邸で記者団の質問に答えた。
 

●読売新聞の朝刊記事から・・・・
 地下鉄サリン事件の10日後に起きた国松孝次・元警察庁長官銃撃事件は、30日午前0時に殺人未遂容疑の公訴時効を迎える。捜査はなぜ失敗したのか。
 警視庁公安部の極秘の「捜査報告書」や関係者の証言をもとに迷走の「15年」を検証する。
 
 ◆供述偏重◆
 「若い男がとてもハイな感じで笑い始め、他の2人も、顔を見合わせながら笑い出した」
 読売新聞が入手した国松元長官銃撃事件の「捜査報告書」(2003年10月作成)には、すでに死刑判決が確定したオウム真理教の元幹部と、仲間の男性2人についての記述がある。事件の3時間半後、この3人が、東京・六本木のホテルにチェックインした時のホテル従業員の証言だった。
 
 報告書はこれをもとに、3人が「異様な高揚感を漂わせていた」として、銃撃実行後の「高ぶった感情が表れた」と分析。さらに3人のうち、元幹部が事件当日未明に山梨県内の教団施設から都心に入っており、現場から約3キロのマンションでよく似た男が目撃されていたことから、事件の「指示役」と指摘した。
 
 そして報告書は、銃撃の「実行犯」は、元幹部とホテルに一緒に入った2人のうち1人だと結論付ける。現場近くの住民ら5人が目撃していたことが理由だった。しかし、5人の証言は「似ているようだ」などと、あいまいな内容で、「元幹部が指示役」「ホテルに一緒に入った男が実行犯」という構図は、確実な証拠や証言に支えられたものではなかった。
 
 それでも公安部は04年7月、警視庁の元巡査長(44)や、元幹部と一緒にいたとみられる教団の元信者ら3人を逮捕した。ところが逮捕の16日後、事件の「支援役」と見ていた元巡査長が、「撃ったのは自分かもしれない」と話し始めると、証拠や証言の矛盾が露呈。東京地検は「供述に信用性がない」として3人を不起訴にするしかなかった。
 
 ◆総監の執念◆
 報告書が描いた構図は、03年8月まで警視庁公安部長だった米村敏朗氏(58)も了承していた。
 その米村氏が08年8月、警察庁官房長から警視庁トップの警視総監に就任すると捜査は再び動き始めた。
 
 そして元巡査長の04年7月時点の「撃ったのは自分です」という供述を、「真実」と見る幹部が中心になって「実行犯は元巡査長」という新たな構図を描いた。
 靴やメガネなど元巡査長が95年当時に使っていた身の回りの品を新たに鑑定した結果、バリウム、アンチモン、鉛という火薬の成分を検出したことも、この構図を裏付けるかに見えた。
 
 しかし、火薬は警察官時代の訓練中に付着した可能性があり、「実行犯」の目撃証言は、元巡査長の容姿と大きく異なっていた。矛盾を埋める証拠がない中で、公安部は昨年10月、元巡査長の任意での事情聴取を始めたが、元巡査長は「撃っていない」と否定し続けた。
 
 検察当局には、一度、不起訴にした元巡査長の聴取を重ねる公安部に「人権意識を欠く」との厳しい見方があった。事件解決に執念を燃やした米村氏も今年1月、総監を勇退した。その後、捜査は事実上ストップし、公安部は未解決のまま時効を迎えるという道を選択せざるを得なかった。
 
 ◆国松孝次・元警察庁長官銃撃事件=1995年3月30日午前8時30分頃、当時の国松警察庁長官が東京・荒川区の自宅マンションを出た直後に銃撃され、瀕死(ひんし)の重傷を負った。オウム真理教は事件翌日、「警察庁長官撃たれる」と題するビラを配布。
 ビラには捜査中止を求める脅迫電話が報道機関にかかった時間など未公表の事実も記されていた。

<カレンダーへ戻る