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日米の同盟関係危機にあり 日本切り捨て米に高まる (04月23日)(金)

 氷雨である。7−11度C 8時30分 トーヨーで打ち合わせ 8時45分 区へ 9時30分 鹿骨事務所の監査 13時15分 健康推進課の監査 16時 江戸川区美術会選定展の搬出に行く。 夜はジョージ・ホウ「現代タイ王国の激変」を読む。
 

●ウオールストリート・ジャーナル紙のコラムニスト、マイケル・オースリン氏(アメリカン・エンタープライズ研究所日本部長)は、日米関係について以下のようなコメントを寄せている。・・・・。
 
 50年以上にわたる米日同盟において、日本政府と米国政府は、互いに称賛し合ったり、非難し合ったり、無視し合ったりと、驚くほど多くのさまざまな局面を経てきた。そして互いに拒否し合っているのが、今だ。
 
 この米日関係のサイクルが始まったきっかけは、1970年代の「ニクソン・ショック」だ。
 ニクソン米大統領(当時)の中国訪問と変動為替相場制の開始によって、日本は政治的に不安定かつ経済的に弱い立場に追い込まれた。
 
 80年代から90代初頭にかけては、貿易摩擦が過熱化し、貿易戦争の脅威や制裁措置、保護主義の台頭によって両国関係は損なわれることとなった。
 日本が次の超大国と化すのではないかとのつかの間の脅威によって、『ザ・カミング・ウォーズ・ウィズ・ジャパン「第二次太平洋戦争」は不可避だ』といった、はらはらさせるような(しかし、完全に誤った認識の)タイトルの本が次々と出版された。
 日本人の間では、この時期は「ジャパン・バッシング(日本たたき)」の時代と呼ばれている。
 
 90年代に入ると、両国関係は「ジャパン・パッシング(日本外し)」の時代へと移行する。
 米国の強欲な視線は、日本を離れ、新たに超大国へと成長しつつある中国へと向けられるようになる。
 98年、当時のクリントン米大統領は中国を訪問し、9日間も滞在したにもかかわらず、東京には立ち寄ることさえしなかった。
 これによって、日本は、日本の時代が正式に終わったことをようやく理解した。
 政治家や世論形成者にとっては、多くの意味において、無視されていると認めることは、たたかれることよりもつらい。
 バッシングであれば、少なくとも反撃のチャンスはある。
 
 そして今、日本政府と米国政府は新たな時代に突入した。わたしは、この時代を「ジャパン・ディッシング(日本切り捨て)」と名付けたい。
 鳩山新政権は、自らの主要パートナーに対してさまざまな失策を犯し、一貫した政策を示すこともできず、オバマ政権から非難を買い、ますます無視されつつある。
 
 日本の政治エリートが、米政府の間で日本の評価がいかに下がっているかを知ったら、バッシングやパッシングの日々が懐かしく思えるかもしれない。
 日本は今、どちらも望ましくない選択肢から選ばざるを得ない「モートンの熊手」状態に陥っている。
 すなわち、米国に無視されるか、解決のしようがほとんどない問題とみなされるかの、いずれかだ。
 
 日本の政治家の多くは、こうした事態を招いたのは、06年に米日で交わした沖縄在日米軍の再編実施のロードマップを反故(ほご)にし、米政府が受け入れ可能な代替案を提示しない鳩山首相自身であることを理解している。
 さらに、オバマ大統領が鳩山首相に対する信頼感を失う上で最も決定的となったのは、鳩山首相はオバマ大統領に対して直接、問題を「解決する」と2回も約束していたことだ。
 
 鳩山首相は5月末までに代替案を提示するとしているが、日本でも、米国でも、誰もが満足できるような解決策を鳩山首相が突如見つけられるとは、ほとんど誰も思っていない。 さらに、東アジア共同体の形成や気候変動問題で果たす日本の役割の拡大といった、鳩山首相が提唱する偉大な構想は、政治的な現実性のかけらもない。
 
 要するに、鳩山首相に対する信頼感はすっかりうせ、米政府高官はひそかに日本を見放す姿勢をますます強めている。 米ワシントンDCで先週開催された核安全保障サミットでは、中国や韓国、シンガポール、マレーシアの各国首脳はオバマ大統領と親密で、実のある協議を行った。
 
 一方、鳩山首相は公式晩餐会でオバマ大統領の隣の席を確保したものの、政府高官筋によると両者の会話は順調に運ばなかった。
 その後、両国の官僚はいずれも良好な関係の維持を望んでいるとあわてて述べたが、オバマ政権の中には両国の関係がすぐに改善されると信じる者はほとんどいない。
 少なくとも鳩山首相が政権の座に就いている間は、あり得ない。
 
 ジャパン・ディッシングは、日本、米国、アジアのいずれにとっても好ましくない。
 アジア諸国は米国とその主要同盟国との関係を神経質に見守り、日米乖離(かいり)の兆しに鋭く反応している。
 一部の比較的小さな国は、鳩山首相が昨年提示した東アジア共同体構想に対して、とりわけ厳しい反応を示した。
 それが米国の排除を意図するものかのように見受けられたためだ。
 そうなれば将来的に、新たな多国間協定の合意において中国に圧倒的主導権を握られかねない。そうした事態を他のアジア諸国は警戒している。
 
 アジア各国が米国と日本の緊張の度合いを認識し始めていることを裏付けるかのように、わたしは先日、あるアジア主要国の首脳に直接、米国と日本の関係は実際どれほど悪化しているのかと聞かれた。
 両国関係の険悪化がこれほど気掛かりなのは、米国も日本も互いに協調する以外に現実的な解決策がないことだ。米国は、在日米軍なくして、アジア地域で確固たる軍事態勢を維持することは不可能だ。
 かといって、たとえ他のアジア諸国が米軍のアジア駐留をどんなに望んだとしても、代わりに米軍の受け入れを申し出る国があるとは思えない。
 
 そして日本はと言えば、第二次世界大戦から60年以上たった現在でも、いまだに米国以外の近隣諸国とは同盟を組めずにいる。
 米国との密接な関係が失われれば、日本は今以上に世界で孤立を深めかねない。それは、世界第2位の経済大国にとって健全なことではない。
 
 米日同盟の決裂は誰も望んでいない。だが、鳩山首相が事態を何とか一変させなければ、両国関係は確実に後方に追いやられてしまうだろう。
 これには、自らの政権の掌握と連立パートナーの抑制、沖縄県民との現実的な基本合意の形成を含め、政治的手腕が要求される。
 だが現在までのところ、鳩山首相はその手腕をまったく持ち合わせていないように見える。
 
 そうした政治的手腕が発揮されて初めて、鳩山首相は米政府と対等な協議ができる。
 だが、その時が来るまで、あるいは鳩山首相が辞任するまでは、数十年かけて築き上げられたアジアの安定と繁栄はジャパン・ディッシングによって脅かされ、既に多くの紛争に見舞われている世界にさらなる不透明さと緊張をもたらすことになりかねない。
 

●前巨人監督、堀内恒夫氏(62)が自民党の要請をうけ、今夏の参院選に比例代表候補として出馬することを決意したらしい。
 自民党の公認を受け、正式に出馬表明する見通しとなった。
 現役時代は巨人のエースとして活躍する一方、奔放な言動から「悪太郎」とも「甲府の小天狗(てんぐ)」とも呼ばれた堀内氏に、白羽の矢が立てられた理由とは。
 
 『堀内氏 参院選出馬』。21日の報道に驚いた人も多いことだろう。
 巨人のエースとして栄光のV9の原動力となり、巨人監督まで務めたことで知名度は高いものの、あの“悪太郎”が選挙に打って出るとは…。
 堀内氏とつながりの深い読売グループ関係者によると、プロ野球界から人材を探していた自民党から出馬を打診された堀内氏は当初、「とんでもない」と固辞していた。
 
 それでも参院選での巻き返しに必死の自民党サイドはあきらめずに接触を重ね、「先週、読売グループ総帥で政界に強い影響力を持つ渡辺恒雄球団会長と直接会い、背中を押されたそうだ。本人もスポーツ振興を軸にやっていく決意を固めた」(同関係者)という。
 現役時代は巨人のエースナンバー18を背負い、通算203勝を挙げた名投手。
 一方で若手のころから門限破りの常習など、やんちゃな一面から「悪太郎」などと呼ばれた。
 2004年に就任した巨人監督としては、3位、5位と低迷し、わずか2年で辞任に追い込まれた堀内氏だ。
 自民党が「最重要選挙区」と位置づける地元・山梨県(甲府市出身)では知名度は抜群で、その名を知らない人はいない。
 
 人材としては打って付けである。さらに、親しい地元の関係者は、こう説明する。
 「若いころの風評と違い、身辺がクリアであることも擁立のポイントだったのではないか。
 女性問題は皆無。巨人監督時代、NHKの青山祐子アナウンサーと会食したところを写真週刊誌に掲載されたことがあったが、あれだって2人きりとかではなくスタッフも同席。 場所も六本木や麻布といったしゃれた繁華街ではなく池袋。親友が経営する庶民的なうどん店でしたから」
 
 また巨人監督時代、大腸ポリープの切除手術を受けたところ、初期のがんだったことが明らかになったことがあるが、「あのままストレスの大きい監督を続けていたら…とぞっとすることはあるが、いまは完治。好きな焼酎を存分に飲んでいる」(同地元関係者)とのこと。
 身の回りを含めた“身体検査”も問題はない。
 
 あの渡辺恒雄会長が“推薦”する堀内氏。その野球理論と人柄は、読売幹部から高く評価され、信頼を寄せられている。読売が主催した2000年の大リーグ開幕戦カブスvsメッツ(東京ドーム)、06年WBC1次リーグ日本vs韓国(同)ではいずれも、観戦に訪れた皇太子ご夫妻の説明役を任されたほど。
 監督辞任後は日本テレビのレギュラー解説者、スポーツ報知評論家として活躍するが、辛口で歯切れのいいトークも政治家向きととらえられたようだ。
 
 そんな堀内氏も、プロ野球では現場復帰は難しいのが実情。巨人は原監督がリーグ3連覇を成し遂げ、昨年はWBC日本代表監督として世界一にもなった。
 原政権は長期化が予想される。51歳の原監督を押しのけ、堀内氏に再び巨人監督のお鉢が回ってくる可能性は低い。かといって選手、コーチ、監督を通じ巨人一筋の堀内氏には他球団のユニホームを着るつもりもなさそう。
 
 「義理堅い性格で、18歳から巨人と読売の世話になってきただけに、裏切る気持ちはさらさらない。監督をやめたころ、『いつかGM(ゼネラルマネジャー)をやってみたい』と口にしたことはあったが、ユニホームへの執着はそれほどでもないようだ」(前出の地元関係者)という事情も、政界への転身に踏み切る一因になったようだ。
 
 「民主党政権は事業仕分けと称し、愚かなタレント出身の女性議員が『なぜ日本が1番じゃなきゃいけないのか、2番じゃどうして悪いのか』とバカな発言をして、国威を著しく低下させ、働く人々の気持ちを傷つけている」。今年3月のパーティーの席で痛烈に民主党批判をぶち上げた渡辺会長から後押しされ、自民党から出馬となったというわけだ。
 
 無愛想で、初対面には取っつきにくいところがある一方、「付き合えば付き合うほど、かめばかむほど味が出る温情派」と評される堀内氏。選挙戦で勝ち星を手にすることはできるか。
 
 堀内 恒夫氏は1948年1月16日、山梨県甲府市生まれ、62歳。甲府商から65年の第1回ドラフト会議で巨人から1位指名され入団。
 66年はルーキーで開幕13連勝。16勝2敗、防御率1.39をマークし新人王、防御率1位、沢村賞を獲得した。エースとして巨人V9に貢献。
 通算203勝139敗6セーブの記録を残し、83年限りで現役を引退した。
 巨人投手コーチ、ヘッドコーチを歴任し、2004年と05年には監督を務めた。08年に野球殿堂入りした。

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