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凛として堂々として端正に 唐招提寺の夢を見る宵 (05月09日)(日)

16-26度C 快晴 風が少しある。10時 外出 14時 外出  夜は「文藝春秋」6月号 大森実「戦後秘史」を読む。
 

●鳩山首相が平日に応じている記者団の「ぶら下がり取材」の時間が、政権発足当初に比べ、大幅に短くなっている。
 沖縄県の普天間飛行場移設問題などで発言のブレが批判を受けていることなどが影響しているとの見方もある。
 
 「誠心誠意真心を尽くすと、先ほど申し上げた」 普天間移設問題で、首相と鹿児島県・徳之島の3町長が首相官邸で会談した7日。その後、記者団の取材に応じた首相は、会談に関する質問に淡々と同じ答えを繰り返し、約6分で秘書官が質問を打ち切った。
 
 読売新聞社の集計では、政権発足直後の昨年10月、外遊で不在の場合などを除き、首相が平日に行ったぶら下がり取材に応じた時間は平均約12分間、最長で18分間だった。しかし、4月は平均約6分間。
 今月に入ってからの2回も、ともに約6分間だった。
 
 政権発足当初は、秘書官が取材を終わらせようとしても、記者が呼びかければ、立ち止まって質問に応じていたが、自ら質問を打ち切り、立ち去る場面も珍しくなくなった。
 毎朝、首相公邸から官邸に移動する際も、当初は複数の質問に応じていたが、最近は1問に限るよう求めることもある。
 
 歴代首相と比べ、鳩山首相は野党時代から取材対応は丁寧な方だとされてきた。就任後も周囲が「記者がいると吸い寄せられるように近づいて、何でも答えてしまう」とぼやくほどだった。
 現在も取材を拒否しているわけではない。首相の変化について、政府内には「ようやく首相らしくなってきた」「首相の言葉の重みを身をもって学んだ」と歓迎する向きもある。一方で「取材を嫌がるようになるのは、政権末期の典型的な現象の一つだ」との指摘も出ている。以上読売新聞の記事から・・・・。
 
 
●09年5月9日、国内初の新型インフルエンザ患者が確認された。
 しかし、隔離入院という厳しい措置を受けながら、患者自身が診断結果を知らされたのは、舛添要一厚生労働相(当時)の会見後。成田赤十字病院(千葉県成田市)で当時、診療を担当した野口博史・感染症科部長(61)は、最も弱い立場の患者が置き去りにされたことを今も悔やんでいる。
 
 前日の8日、カナダから米国経由で成田空港に到着した大阪府立高校の教諭(当時46歳)と生徒らは機内検疫で体調不良を訴え、同病院に隔離された。
 9日午前6時ごろ、教諭と男子生徒2人の感染が確定したとの情報が病院にも届いた。
 しかし、間もなく病院に到着した厚労省職員から検査結果が本人に伝えられることはなかった。
 「どうなっているんですか」。午前9時ごろ、病院の看護師が教諭から問いただされた。教諭は、会見をテレビで見た知人の電話で初めて、自分の診断結果を知らされた。
 
 看護師から連絡を受けた野口医師は担当医と隔離病室へ駆け付けた。
 「検査の結果を伝えるのが遅れ、申し訳ありません」。診断結果という最も大切な情報を伝えられるべき患者の権利を守れなかったとの思いから、野口医師は教諭に頭を下げ続けた。
 10分後、教諭は硬い表情で「分かりました」と一言だけ返した。
 
 検疫法は感染者の隔離措置を検疫所長の権限としている。患者への通知については明記していないが、検疫所が「隔離決定書」を患者に交付する慣例になっている。この日、成田空港検疫所職員が決定書を教諭に手渡したのは、さらに遅れて昼前だった。
 同検疫所の当時の担当者は「面会した職員は患者から非難を受けた。検疫所から直接患者本人に伝える方法をとれなかったことを反省している」と話す。
 
 10年3月中旬、野口医師は退院以来初めて教諭に電話した。
 まず「1年前は大変でしたね」とねぎらった。そして謝った。「診断結果を伝えられなかったことは、今でも忘れられない。患者さん(教諭)も同じ気持ちのようだった」と振り返る。
 
 41年ぶりに発生した新型インフルエンザを巡って当初、住民への情報提供の不備や過度な警戒など課題を残した。1年がたち国内の流行は収まっているが、今後新たな流行を警戒すべきだとの専門家の声もある。
 厚労省の塚原太郎・大臣官房参事官は「混乱の中で患者個人への配慮を欠いてしまった。教訓として、同じような極限状態が発生した場合、確実な情報伝達ができるようにしたい」と話す。以上毎日新聞記事から・・・・。
 

●ロンドン発 CNN 
 6日投開票の英国総選挙(定数650)は7日、649選挙区の議席が確定し、保守党が306議席、労働党は258議席、自由民主党は57議席、他の小政党が28議席の配分となった。
 
 投票日に立候補者が死亡した1選挙区は5月27日に投票が実施される。
 しかし、いずれの政党も過半数を得られない「ハング・パーラメント(中ぶらりんの議会)」となることが決まった。1974年以来のこととなる。
 
 選挙結果を受け、保守党のキャメロン党首、労働党のブラウン首相は7日、自民党との連立政権を目指す考えをいずれも表明。キャメロン党首は、教育改革問題など自民党の政策と一致出来る分野はあると強調。
 ただ、自民党が求める、保守、労働両党に有利とされる選挙制度改革については言葉をにごした。同党首は、英国がいま必要なのは国益を考えて共に働く新政府の樹立であると主張した。
 
 ブラウン首相はすべての政党との交渉を受け入れる考えを示しながらも、保守、自民両党の協議を当面見守る姿勢を表明。
 この協議が失敗した場合、自民党のクレッグ党首と連立政権へ向けた政策協議を始める考えを示した。
 一方、クレッグ党首は、保守党と最初に話し合う意向を表明。
 すべての政党や指導者が、党利党略にこだわることなく国益を考慮して行動することが重要と述べた。

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