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デンマーク戦圧勝なりて興奮の 有明の陽東に光りて (06月25日)(金)

4時頃目覚めてTVを点けたら日本2点のリードだったので、うとうとしてしていたら6時前で3対1で勝っていた。 20−29度C 明るい曇り 8時30分 トーヨーで打ち合わせ 8時45分 区へ 9時30分駐車駐輪課長の監査 13時 浅川都市計画部長の説明 計画課長の監査 18時 KYYの会合と夕食会(江東区内) 夜は藤井清孝「グローバルイノベーション」 相沢幸悦「2012年、世界恐慌」を読む。
 

●外国通信社は24日(日本時間25日早朝)、W杯で日本が決勝トーナメント進出を果たしたことを速報で伝えた。フランス通信(AFP)は「日本がデンマークを沈め、歴史を作った」と伝えるとともに、本田(CSKAモスクワ)と遠藤(G大阪)の得点を「スーパー・フリーキック」と評価した。
 ロイター通信も「(日本は)細かいワンタッチのプレーとスピードによって、何度もチャンスを得ることができた」と指摘した。
 

●25日明け方より放送されたサッカーW杯・南アフリカ大会1次リーグE組「日本×デンマーク」(日本テレビ系)の平均視聴率がビデオリサーチの調べで30・5%、瞬間最高視聴率は後半30分前の午前4時58分に41・3%(ともに関東地区)を記録したことが同日、わかった。
 
 早朝にもかかわらず驚異の数字を叩き出し、国民の関心の高さをうかがわせた。
 予選リーグ突破を懸けた大一番に臨んだ日本代表。前半17分に本田圭佑選手が、同30分に遠藤保仁選手がそれぞれフリーキックを決め、2対0で折り返した。
 後半、デンマークに1失点を許すも、同42分に岡崎慎司選手が勝利を決定づけるゴール。 3対快勝し期待に応えた。
 
 見事、決勝トーナメントにコマを進めた日本代表の次なる相手は南米の強豪パラグアイ。
 最高のムードで日本史上初となるベスト8進出に挑む。なお、パラグアイ戦の模様は29日午後10時よりTBS系で放送される。
 

●日本代表の劇的勝利を現地で観戦し、日本テレビ系列の中継でゲストとして見守った元日本代表、中田英寿氏は、中継のなかで「素直にうれしい。守りから入らず攻めにいき、日本らしいパスワークもみられた。こういうサッカーが、僕の見たかったサッカーです。
 短い期間のなかで、日本代表のサッカーは目に見えて進化している」と語った。
 

●王者の目覚めはあまりに遅すぎた。2点を追う状況から猛反撃し、ロスタイムにクアリャレラが巧みなシュートを決めて1点差に。
 しかし、必死の反撃も及ばず。イタリアの連覇の夢は、1次リーグ敗退という早い結末で幕を閉じた。
 2戦連続で引き分けて迎えた最終戦。しかし、またも自らを窮地に追い込んでしまった。
 
 前半25分、完全にコースを読まれたデロッシのパスをカットされ、がら空きの中央にボールを通され、ネットを揺すられた。3戦連続で先制点を献上。7試合で2失点の鉄壁を誇った4年前の伝統の堅守は、取り戻せなかった。
 銀髪の知将リッピ監督は、いちるの望みを託して後半11分には3人目の交代枠で、けがで欠場が続いていたMFピルロを送り込んだ。
 
 長短自在のパスで攻撃を有機的に結び付ける司令塔の登場で、サイドも連動する躍動感がようやく戻った。
 しかし、先制点を与えていたツケは大きかった。リスクを掛けて攻めるほど、スロバキアのカウンターの餌食に。後半28分、CKの後の流れから失点。36分に1点差として迎えた44分に決定的な3点目を失った。
 
 優勝メンバーがそのまま主力として残ったチームは、守備の要カンナバロが衰えを隠せず、GKブフォンはヘルニアで第1戦の前半を最後にピッチに立てなかった。
 「われわれのW杯はここから始まる」。国内で起きた不正事件の逆境をはねのけた4年前の結束力がよみがえることを期待するように話していた指揮官は、ぼうぜんとするしかなかった。
 以上 ヨハネスブルク発 時事通信
 

●ソウル発 時事通信
 南北分断の固定化を決定づけた朝鮮戦争(1950〜53年)の開戦から60年を迎えた25日、ソウル市内で韓国政府主催の記念式典が開かれた。
 式典には韓国政府関係者のほか、国連軍として参戦した各国の元兵士や政府代表らも出席。
 戦没者を追悼するとともに、多大な功績に敬意を表した。
 同市内の戦争記念館でも、金泰栄国防相やシャープ米韓連合軍司令官、参戦各国の駐韓武官らによる追悼行事が開かれ、戦死者の名が刻まれた碑に献花、黙とうをささげる。

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