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金総書記突然の訪中の報 憶測を呼ぶ東アジアに (08月27日)(金)

菅・小沢の対決である。これから9月14日までの代表戦がヒートアップしている。8時30分 トーヨーで打ち合わせ。 8時45分 区へ。 打ち合わせ 執務 来客
 13時 案件があって木邑氏 大屋氏と要談 19時 梁氏 金氏 佐々木氏 榊原氏などと懇談(区内)
 

●再選を目指す菅直人首相と、小沢一郎前幹事長の対決構図が固まった民主党代表選(9月1日告示、14日投開票)は26日、両陣営の多数派工作が本格化した。
 政権交代から1年を迎えようとする中でぼっ発した「争乱劇」。
 小沢氏の出馬決断の背景には、「脱小沢」を曲げない菅首相との激しい権力闘争があった。
 
 「名誉顧問にどうか」。25日夕、首相官邸で会談した鳩山由紀夫前首相に菅首相が新設ポストを用意して小沢氏を処遇する意向を漏らした。
 鳩山氏は不快感を隠さず、「名誉職的なものではダメだ」と即座に退けた。
 小沢氏をむしろ「実権」から遠ざける案で、鳩山氏は首相が小沢氏に譲歩する気がないことを確信した。
 
 前日の24日夜。国会近くのホテルニューオータニのバーに小沢氏が「これから会いたい」と急きょ、鳩山氏を呼び出した。
 この場で首相の「脱小沢」の政権運営に強い不満を漏らす。
 「出馬するんですか」と問う鳩山氏に、小沢氏は「その声はいっぱい上がってくるんだ。近く結論を出す」と、「脱小沢」路線を転換しない限り、出馬する姿勢を見せた。
 側近によると、小沢氏は、「仙谷由人官房長官の菅首相」か「小沢、鳩山とのトロイカの菅首相」かの決断を首相に迫ろうとしていた、という。
 仙谷氏は「反小沢」の急先鋒(せんぽう)で、菅政権の「陰の司令塔」ともいわれる。
 
 仙谷氏は、同じく「反小沢」の枝野幸男幹事長とともに、官房機密費と政党助成金を押さえ、これを奪還しようと菅首相に路線転換を迫る小沢氏とせめぎ合うという構図が、権力闘争の実相といえた。
 仙谷氏は26日、小沢氏出馬表明について一切コメントせず、自身が標的になるのを避けるかのようだった。
 小沢氏が、「菅・仙谷」ラインに対抗するため仕掛けたのが、約3カ月前に「ダブル辞任」した鳩山氏との連携だった。
 「小鳩体制」復活を誘い水に菅首相支持を公言していた鳩山氏をつなぎとめ、翻意させた。
 
 小沢氏は26日、「菅首相に挙党一致を受け入れられず、出馬を決意した」とギリギリでの決断を演出したが、側近は25日にすでに「小沢氏は出馬する。既定路線通りに進んでいる」と周辺に漏らし、鳩山氏も周辺に「立候補する人を止めるような失礼なことはできない」と語っていた。
 
 鳩山氏は27日未明、訪問先のモスクワで記者団に「(鳩山氏が重視した)新しい公共は、菅首相の政策の中ではあまり含まれていない。
 小沢さんの活動は国民生活が第一という力点がある」と小沢氏を持ち上げた。小沢氏には菅・鳩山会談の決裂は織り込み済みで、「脱小沢」か「挙党態勢」かの対立構図を鮮明にする舞台として利用した節もあった。
 
 「小鳩」連携で仕組もうとした25日の新旧首相会談だったが、菅首相もこの会談で状況を打開させる熱意は見せず、むしろ決裂へと動いた。「小沢さんの了解がなくては何も決められないという形は良くない」。菅首相は、鳩山首相時代、小沢氏がたびたび介入しては政府の決定を覆した小鳩体制への直接的な批判を口にした。
 
 「二重権力構造にならないようにしたい。政策を着実に実行したい」。26日昼、菅首相は官邸の会議室で仙谷氏らと昼食をともにしながら小沢氏への対抗心をあらわにした。党内に反発のある「小沢支配」、世論の風当たりが強い「政治とカネ」。小沢氏の弱点をてこに権力闘争を勝ち抜く決意を見せる。
 

●民主党代表選が菅直人首相と小沢一郎前幹事長の一騎打ちとなる構図が固まったことを受け、27日の閣議後記者会見で各閣僚から発言が相次いだ。
 北沢俊美防衛相は首相支持に変わりはないとした上で、小沢氏について「政治家の自己判断だからとやかく言うつもりはないが、党員・サポーター、国会議員らがそれをどう判断するか。民主党の根幹にかかる選択が求められている」と指摘。同氏への支持をけん制した。
 
 前原誠司国土交通相は、小沢氏が「政治とカネ」の問題で幹事長を辞任して間もないとし、「有権者がどう判断するかということを、国会議員は勘案して判断すべきだ」と述べた。
 野田佳彦財務相も「なぜ出られるのか、というところが判然としない」と強調した。
 蓮舫行政刷新担当相も首相支持を明言。「小沢氏がどう主張を展開するかは、関心を持って見守りたい」と語った。
 
 一方、原口一博総務相は自ら代表選に言及し、「いよいよ小沢一郎元代表が立候補を決めた」と期待感を示した。「代表選に出ることも禁止するのが国民の意思ということか。それは行き過ぎだ」と小沢氏を擁護したが、支持するかどうかは「閣僚として首相を支える。それは代表選とは関係ない」と明言を避けた。 
 

●モスクワ発 時事通信
 民主党の鳩山由紀夫前首相は26日、滞在先のモスクワで記者会見し、「菅直人首相のここ数カ月の政策には(鳩山氏の持論である)友愛の政治は十分に見えない」と批判した。
 党代表選への立候補を表明した小沢一郎前幹事長については「心の政治に力点があるのかなと思っている」と指摘。小沢氏を支持する考えを表明した。
 鳩山氏はまた、「十分に戦った後でノーサイドを実現すれば政治に停滞は起こさない」と述べ、代表選後の党分裂は回避すべきだとの認識を強調した。 
 

●自民党の野田聖子元郵政相が、第三者提供の卵子で体外受精し妊娠したことを26日発売の「週刊新潮」の手記で明かした。
 事実婚の関係にある大阪の飲食店経営者の精子と、米国の第三者の受精卵を自らの子宮に移植し妊娠。
 現在15週目で、来年2月中旬に出産の予定という。卵子提供者の国籍などは不明。選択的夫婦別姓制度の導入論者で、国会議員でもある野田氏の妊娠は大きな関心を集めそうだ。
 
 野田氏は政治活動をしながら体外受精などの不妊治療を続けていた。2004年には治療の体験をつづった著書『私は、産みたい』を出版。01年に鶴保庸介参院議員(43)との事実婚を発表したが、06年に不妊治療のあり方をめぐる口論の末、関係を解消した。
 
 07年、飲食店経営者と出会い、08年に交際を開始。手記によると、米国で治療を受け、費用は数百万円かかったが、「『おばさん妊婦』を出産まで温かく見守っていただければ幸いです。
 何があっても『それでも私は産みたい』のです」としている。
 野田氏は1960年生まれで、出産時には50歳になっている。
 
 生まれてくる子供が“夫”のDNAと提供者のDNAを受け継いで生まれてくることについては「彼のDNAが受け継がれるだけでも、それに一旦は、赤の他人を養子にしようと考えていたことからすれば、充分ではないか」と自らを納得させている。
 
 諏訪マタニティークリニックの根津八紘院長(68)は、「現在、精子提供で1万人以上、生まれていますが、野田さんの場合はその逆というだけのことです。
 50歳での出産なら妊娠中毒症や心臓疾患、腎疾患など老化に伴うリスクはあるが医療も進歩している。
 年齢に伴った問題は野田さんも当然ご承知のうえでしょう」と話している。
 
 日本には代理出産など生殖補助医療に関する法律がなく、タレントの向井亜紀と元プロレスラーの高田延彦夫妻は、米国で代理出産により授かった子供を日本の法律では実子と認められなかった。今回の野田氏のケースは「合法とも違法ともいえない」(厚生労働省)という。法務省によると、日本ではこれまでの判例で子供を出産した女性が母親と認められる。
 

●宮崎県の東国原英夫知事が、来年4月に予定されている東京都知事選への出馬を検討していることが26日、複数の関係者への取材で分かった。
 次期県知事選(12月予定)には出馬せず、1期限りで知事を引退する意向をすでに固めている。
 引退表明は、9月定例県議会の閉会日となる10月12日になる見通し。宮崎県で手腕を振るい、高い支持率を得てきた同知事だが、さらなる「地方分権」を実現させるべく、都知事の座を目指すとみられる。
 
 複数の関係者によると、東国原氏が県知事引退の意向を固めたのは、8月上旬。親交のある政界関係者、芸能界の親しい友人ら数人に「2期目は出ない。県知事を辞めようと思う」と伝えた。
 来年1月の任期満了が迫り慰留の声が相次いでいるが、支援者からは「都知事選に出るべきだ」との声も多く、都政に関する資料や書籍も手に入れている。
 
 今年に入り、次期県知事選出馬を含め複数の案を検討していた。親しい関係者との会談の中で、東国原氏は「次期県知事選に立候補した場合、また選んでもらえるかなと思う」と自信を口にした一方で「宮崎は全国的な注目を集め、ブームを起こしたが、次は定番・定着化が必要だ。私が残ることで組織が硬直化していくのではないか」と揺れる胸中を語っていた。
 「国政に行くなら、60歳では遅い」とも話していた。「地方分権の実現に、一国会議員の力では限界がある」とも考えており、引退表明後は、より大きなフィールドである東京都知事選出馬を最優先に検討を進めている。来年4月には都知事選が行われるが、石原慎太郎都知事は4選不出馬を明言している。
 
 東国原氏の関係者は「東国原知事から『東京で再スタートを切るので、何かあれば手伝ってほしい』と言われた」と明かした。
 07年1月に県知事に当選してからは「宮崎PR」に力を入れながらも、地方分権を自身の政治活動の中で最大のテーマとして活動してきた。
 09年8月の衆院選前には、自民党から出馬要請を受け、自身を「総裁候補」とするよう条件を突きつけると同時に、全国知事会が作成した「地方分権についての政権公約」を自民党が採用するよう求めている。また、特定の団体や組織の支援を受けず「しがらみのない政治姿勢」が支持されており、関係者は「派閥の意向を気にしなくてもいい立場。引退の意志は固い」と話した。
 県知事としての引退表明は、9月定例県議会の閉会日となる10月12日になる見通し。
 
 東国原氏は10日の記者会見で2期目の進退について、「口蹄疫(こうていえき)からの復興に向けて、今は2期目のことは考える余裕がない」とした上で「9月議会で表明するのが筋」と話している。議会内のどの時期に発表するかについては「わからない」と答えている。
 
 東国原 英夫(ひがしこくばる・ひでお)氏は1957年9月16日、宮崎県都城市生まれ。
 52歳。テレビ番組のお笑いコーナー出演をきっかけに、82年にビートたけしの一番弟子に。
 「風雲!たけし城」「スーパージョッキー」などに出演。90年、女優のかとうかずこ(現・かず子)と結婚。00年、早大第二文学部入学、04年に卒業、同年、早大政経学部に入学。06年2月、かとうと離婚。
 同3月、同大政経学部退学。07年1月、第52代宮崎県知事に就任した。
 
 来春の都知事選候補者の情勢は、これまでの都知事選で現職が立候補して落選したケースはないが、石原知事はすでに4選不出馬を明言している。
 作家の猪瀬直樹副知事が“後継”することについて石原氏は「都知事の資格はある」と発言している。
 09年7月の都議選で初の第1党となった民主党は、99年の知事選で鳩山邦夫氏(衆院議員)、03年は樋口恵子氏(評論家)、07年は浅野史郎氏(元宮城県知事)を支援しているが、いずれも落選。
 政権交代後初となる都知事選に向け、知名度の高い候補者を中心に選定を進めている。
 

●北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記は26日、専用特別列車で中国を訪問、慈江道満浦から中国吉林省の集安に抜ける「吉林省ルート」を初めて利用した。
 金総書記は2000年以降、5回中国を訪問したが、すべて平安北道新義州から中国遼寧省丹東を経由する「遼寧省ルート」を利用していた。
 
 金総書記はなぜ吉林省に行ったのだろうか。安全保障関連部署の当局者は同日、「吉林省には金日成(キム・イルソン)主席ゆかりの史跡が多い。
 金総書記の三男ジョンウン氏と共に、一種の“聖地巡礼”に訪れた可能性が高い」と指摘した。
 
 金総書記は同日、金主席が通った毓文中学と抗日闘争の史跡、北山公園を訪問した。
 毓文中学は、今年2月に金永日(キム・ヨンイル)労働党国際部長が訪れた場所だ。
 吉林省には撫松第1小学校や華成義塾など、金主席が通った学校や抗日闘争の史跡が少なくない。
 西江大のキム・ヨンス教授は、「金正日親子が毓文中学に行ったとすれば、後継者としての正統性を確保するための“ショー”だろう。ジョンウン氏が金総書記に対し、“まもなく後継者になるのだから、祖父の魂が宿る場所に連れて行ってほしい”と頼んだ可能性もある」と指摘した。
 金総書記も、毓文中学を訪れるのは今回が初めてだ。
 
 特に、28日は北朝鮮の「青年節」(83周年)に当たる。青年節は、金主席が青年時代(1927年)に吉林省で「朝鮮共産主義青年同盟」を創立した、と北朝鮮が宣伝している日だ。
 元幹部の脱北者は、「“青年大将”と呼ばれているジョンウン氏が青年節を迎えるに当たり、祖父の母校を訪問し、青年精神を受け継いだと宣伝するはずだ」と話した。
 金総書記が青年節に合わせて帰国するという見方もある。

北朝鮮は今年、体制転換のため活発に動いている。今年4月、最高人民会議(国会)代議員会を招集してから2カ月で再び最高人民会議を開催し、「ジョンウン氏の後見人」といわれる張成沢(チャン・ソンテク)氏を国防委員から副委員長に昇進させた。
 北朝鮮の消息筋は、「北朝鮮で2カ月の間に最高人民会議が2回も開かれたのは初めてだ。5月初めに金総書記が訪中した後、北朝鮮内部に何か緊迫した事件が起きた可能性が高い」と話した。
  張成沢氏のライバルといわれる李済剛(リ・ジェガン)党組織指導部第1副部長は、張成沢氏が昇進する五日前に交通事故で謎の死を遂げた。
 
 キム・フンギュ誠信女子大教授は、「体制転換期を迎えた北朝鮮は、哨戒艦『天安』の局面脱出などのためにも中国の支援が必要だ。
 中国も、主要20カ国・地域(G20)首脳会議などを控えた状況で、北朝鮮が相次いで“騒ぎ”を起こし、北東アジアの情勢が不安定になるのは望ましくないだろう。
 中朝双方が、金総書記の訪中の必要性を感じていたはずだ」と話した。
 
 北朝鮮は2週間後、44年ぶりに党代表者会議を開催する。
 今回の代表者会議でジョンウン氏に「組織秘書」といった中心的な党職を付与するか、少なくとも後継のための人事再編を断行すると予想される。
 白承周(ペク・スンジュ)国防研究院安保戦略研究センター長は、「金総書記は2000年、南北首脳会談を2週間後に控えながら電撃的に訪中し、中国側に首脳会談の議題を説明した。
 今回は党代表者会議を2週間後に控えた時点のため、ジョンウン氏を後継者に立てることについて、中国側の同意と支持を求めるだろう」と指摘した。
 国家安保戦略研究所のパク・ビョングァン博士も、「中国側に公式に後継者の決定と今後の日程などを伝え、暗黙の支持を求めるはずだ」と話した。
 
 一方、キム・グンシク慶南大教授は「中朝関係は主従関係でなく、カーター元米大統領が訪朝している状況だ。後継者問題なら、訪中を1日くらい延期できない理由はない。
 後継問題のために訪中したのではないと思う」と話した。政府筋は「金総書記が今回ジョンウン氏を同行させたなら、胡錦濤主席など、中国首脳部との面談の有無が重要な観察ポイントになる」と話した。
 
 金総書記が同日通過した中国・集安は、丹東、長白に次いで、鴨緑江流域で3番目に大きい国境都市だ。
 川の反対側にある北朝鮮の満浦市とは、鉄路で1日1回の定期貨物列車が運行されている。
 北朝鮮筋などによると、満浦しには1週間前から非常警戒令が下され、中央保衛部の要員らが集結して駅を点検するなど「異常兆候」が現れていたという。また、集安市にも数日間、中国の公安が集中取り締まりを行い、25日夜からは武装警察が市内の警戒警備を強化する姿が見られ、市内最大のホテルである假日ホテルが閉鎖されたという。 以上 朝鮮日報記事から・・・・。
 

●北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記は、権力継承以来6回目となる訪中で、鴨緑江中流の満浦鉄橋を経由し、中国吉林省集安市に入るルートを選んだ。
 過去5回の訪中は、いずれも北朝鮮の新義州から鴨緑江の中朝友誼橋を渡り、遼寧省丹東市から中国に入っていた。
 
 訪問コースが異例のため、最初の訪問都市となった吉林省吉林市での動向が関心を集めた。
 現地では金総書記が遼寧省瀋陽市を経由して北京に向かうという観測と、北京には向かわずに帰国するとの観測が交錯している。
 北京に入るという予想は、三男キム・ジョンウン氏を中国指導部に会わせるのではないかとの見方や中国指導部と何らかの懸案を緊急に協議するために訪問したのではないかとの見方が根拠だ。
 
 また、北京には向かわないとの予想は、訪中目的が故金日成(キム・イルソン)主席関連の史跡地を訪問することに限られるという見方に基づく。
 仮に北京入りせずに帰国するとすれば異例のことだ。過去5回の訪問では、真っすぐ向かうかどうかは別として、必ず北京を訪れていた。
 
 金総書記を乗せた特別列車は、26日午前1時(現地時間)に集安に到着した。
 前日の25日には北朝鮮北部の慈江道江界市に滞在したことが分かっている。
 現地の消息筋は「25日午後から集安市内の鉄道周辺に武装警察が配置され、厳しい警備が行われた。鉄道を見下ろすことができる一部ホテルが閉鎖された」と語った。
 国境を越えた列車は集安駅には停車せず、そのまま北に向かい、26日午前9時ごろに吉林市に到着した。
 
 吉林駅周辺には26日午前、武装警察、交通警察が多数投入され、警備が強化された。
 このため、金総書記が立ち寄るのではないかとの観測が出ていた。
 特別列車が吉林駅に入る時間帯に到着する一般列車は市の郊外で1時間以上待機させられた。
 現地住民は「前夜に大連を出発し、午前9時半に吉林駅に着く予定だったが、金総書記の訪問で列車が郊外で1時間半ほど止まった」と話した。
 
 金総書記は吉林駅に約10分間とどまり、中国側関係者の出迎えを受けたとされる。
 専門家は、金総書記と親交が深い王家瑞・中国共産党対外連絡部長が出迎えた可能性があるとみている。
 また、習近平国家副主席が出迎えたといううわさも流れている。
 
 吉林で中国側が準備した車に乗り換えた金総書記は、午前10時ごろに市南側の松花江沿いにある金日成主席の母校「毓文中学」(高校に相当)と市北側にある吉林化繊の工場を相次いで訪れた。
 毓文中学は金日成主席が1927年から30年まで4年間通った中学校で、中朝両国の指導者がたびたび訪問している場所だ。
 
 毓文中学では警備のため、午前中が休校となった。生徒の保護者は「金総書記の訪中で学校が午前中休校となり、子供は午後に投稿した。午前中は毓文中学前の松花江沿いに警察が陣を成していた」と証言した。
 金総書記は毓文中学に約1時間滞在し、金日成主席がかつて学んだ教室などを視察したほか、校庭にある金日成主席の銅像に献花したという。
 
 午後には市北側の北山公園周辺に交通規制が敷かれ、黒いベンツ、アウディなどの高級車数十台が通り過ぎる様子が目撃された。
 住民は「公園内の関帝廟に金日成主席が抗日運動当時に使っていた事務室がある」と話した。 以上 朝鮮日報記事から・・・。
 

●北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記は、中国行きの特別列車に誰を乗せたのか。これまでの例で見ると、金総書記は、訪中直前のイベントに同席した人物をそのまま訪中随行団に加えた可能性が大きい。
 
 今年5月初めの訪中でも、金総書記は、直前に行われたメーデー(5月1日)祝賀音楽会を共に鑑賞した金永春(キム・ヨンチュン)人民武力部長、崔泰福(チェ・テボク)・金己男(キム・ギナム)労働党秘書、張成沢(チャン・ソンテク)同行政部長、金永日(キム・ヨンイル)同国際部長、金養建(キム・ヤンゴン)同統一戦線部長、姜錫柱(カン・ソクチュ)第1外務次官を特別列車に乗せ、中国に向かった。
 
 26日に朝鮮中央通信が報じたところによると、金総書記が今回の訪中直前に行ったイベントは、平壌穀産工場の現地指導。
 統一部の関係者は、「金総書記の現地指導のニュースを1−2日遅らせて報道するいつもの北朝鮮の報道スタイルを考慮すると、金総書記は24日もしくは25日に早々と現地指導を終えた後、特別列車に乗ったものとみられる。
 現地指導の随行団が、現在金総書記のそばにいるようだ」と語った。
 
 平壌穀産工場の視察に随行した人物は、金総書記の実の妹・金敬姫(キム・ギョンヒ)労働党軽工業部長と、その夫の張成沢行政部長、対南担当で中国通でもある金己男労働党秘書、同じく労働党の部長を務めるテ・ジョンス、ホン・ソクヒョン両氏だ。
 
 このうち、金敬姫・張成沢夫婦は、北朝鮮の後継構図とのからみで最も注目される人物だ。
「(金総書記の三男で後継者候補と目される)キム・ジョンウン氏の後見人」と考えられているこの夫婦は、昨年12月以降、金総書記が行った現地指導のほとんどに同行している。中でも張成沢部長は今年6月、前回の開催からわずか2カ月しかたっていないにもかかわらず異例の短期間で再招集された最高人民会議において、最高権力機関である国防委員会の副委員長に昇進し、「事実上の北朝鮮ナンバー2」と評価されている。
 
 安全保障部局の当局者は、「金敬姫夫婦とジョンウン氏、金総書記が、故・金日成(キム・イルソン)主席の母校を訪れたのであれば、今回の訪中の目的は後継構図固め」と語った。キム・ヨンス西江大教授も、「中央政治舞台デビューを控えた息子に後継の正統さを付与するため、金総書記が用意したイベントに、家族全員が動員されたようだ」と語った。
 
 普段から暇さえあれば北朝鮮内部の「金日成革命史跡」を訪れていた金総書記親子が、ジョンウン氏のデビューの舞台となる党代表会議直前に、海外の「聖地巡礼」に出た−というわけだ。このほか、テ・ジョンス氏とホン・ソクヒョン氏は、それぞれ咸鏡南道と咸鏡北道の道党責任秘書を務めた人物で、今年6−7月に中央党部長に栄転した。
 中でもテ・ジョンス部長について、韓国政府は、貨幣改革(デノミネーション=通貨単位の切り下げ)の責任を負わされ銃殺されたと考えられている朴南基(パク・ナムギ)労働党計画財政部長の後任だと考えている。
 
 また、平壌穀産工場随行者名簿にはないが、北朝鮮で中国との窓口役を務めている金永日労働党国際部長、普段から金総書記の「陰の随行者」となっている玄哲海(ヒョン・チョルヘ)・李明秀(イ・ミョンス)両国防委局長も、金総書記の特別列車の乗客になっている可能性が高い。以上 朝鮮新報記事から・・・。
 

●ハバナ発  ロイター
 キューバ政府は25日、経済危機の克服を理由に、長年続けてきたたばこの配給を9月から停止すると発表した。
 
 キューバはこれまで、55歳以上の約250万人を対象に、1箱7ペソ(約26円)のたばこを毎月4箱まで2−3ペソで購入できる制度を続けてきた。
 
 このため、首都ハバナでは、退職者がたばこを1箱5ペソで販売する姿がしばしば見られた。配給停止を知ったある老人は、「大きな痛手。政府からもらえるわずかな小遣いだと思っていたのに」と落胆の表情を見せた。
 
 キューバは、同盟国だったソ連の崩壊で深刻な不況に陥り、1990年代に多くの補助を停止したが、キューバ革命以前から続くたばこの配給は維持されていた。
 
 今年からヒヨコマメ、ジャガイモ、砂糖の配給が停止されたが、医療費、教育費などは依然無料。ただ、ラウル・カストロ国家評議会議長は経済の近代化に向け、最終的に配給は完全に廃止すると表明している。
 

●ソウル発 共同通信
 北朝鮮の朝鮮中央通信は27日、不法入国罪で服役している米国人男性、アイジャロン・ゴメス氏(31)の釈放交渉のため訪朝していたカーター元米大統領が同日、平壌を出発したと伝えた。新華社通信によると、ゴメス氏は釈放され、カーター氏と一緒に帰国した。
 
 今回の訪朝では、カーター氏と金正日(キム・ジョンイル)総書記の会談が実現するか注目されていた。だが、朝鮮中央通信は、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長に対してカーター氏が特赦を要請し、報告を受けた金総書記が特赦を決めたと報じた。 金総書記との会談は実現しなかった模様だ。
 
 同通信によると、カーター氏と金永南委員長との会談では、北朝鮮の核問題に関する6カ国協議再開問題などが話し合われた。
 金委員長は、朝鮮半島非核化と協議再開に関する北朝鮮側の「意思」を表明するとともに、朝鮮半島の非核化は故金日成(キム・イルソン)主席の遺訓であると言及した。具体的な内容は明らかにされなかった。
 
 カーター氏は、朴宜春(パク・ウィチュン)外相と米国担当外務次官とも会談したという。米国担当次官は、6カ国協議の首席代表である金桂冠(キム・ゲグァン)外務次官を指すとみられる。金次官はこの日、カーター氏を空港で見送った。
 同通信はカーター氏の訪問を「朝鮮と米国の間の理解を深め信頼を醸成するのに有益な契機となった」と評価した。

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