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秋深まりみのりの果実数々を 贈りくれたる友の懐かし (10月11日)(祭・月)

 北朝鮮関係の本を読む機会が多くなった。 快晴でさわやかである 散策 午前中は原稿書き
 パソコン 読書 テレビ 午後も 同じようなもので、休みは一年でも稀である。 18時 夕食会 夜は「韓国の歴史」「朝鮮史」を読む。
 

●デンバー発 ロイター
 イエレン米連邦準備理事会(FRB)副議長は11日、全米企業エコノミスト協会(NABE)で就任後初となる講演を行い、政策金利を低水準に抑えることは金融バブル発生につながる恐れがあると警告した。
 講演原稿で「緩和的な金融政策が、金融システム内におけるレバレッジ、および過度のリスク行動増大の火種となることは考えられる」と指摘した。
 
 米FRBによる追加緩和策導入の観測が高まるなか、イエレン氏がこうした警告を発したことは、FRB内部にゼロ金利政策がはらむリスクに対する認識があることを示している。
 イエレン氏はサンフランシスコ地区連銀総裁からこのほどFRB副議長に就任した。
 この日の講演では経済や金融政策の見通しには直接言及しなかった。また、バブル発生への警戒によりFRBが追加緩和策の導入を断念する可能性についても示唆しなかった。
 

●ハノイ発 時事通信
 北沢俊美防衛相は11日午前(日本時間同)、ハノイのホテルでゲーツ米国防長官と約30分間会談し、沖縄県・尖閣諸島を含む島嶼(とうしょ)防衛に関し、「日米で共同してしっかり対応する」方針で一致した。
 北沢氏は、海外への武器の輸出を禁じる政府の武器輸出三原則について「新たな防衛計画大綱の見直しの中で方向性をつくりたい」と述べ、見直しを検討する考えを表明。ゲーツ氏は「大いに歓迎したい」と応じた。
 
 北沢氏は会談で、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に関し、米側が同諸島を日米安全保障条約の適用対象としていることに謝意を表明。
 「今後とも日米間で緊密に連携、協力することが重要だ」と述べた。
 ゲーツ氏も「海洋における関係国の間で協議を続けることが重要だ」と指摘した。
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について、ゲーツ氏は「着実に進めることが重要だ」として、同県名護市辺野古周辺を移設先とした5月の日米合意の実行を要求。北沢氏は移設実現に取り組む意向を伝えた。 
 

●ハノイ発 時事通信
 ベトナム訪問中の北沢俊美防衛相は11日、ハノイ市内のホテルで中国の梁光烈国防相と約20分間会談した。菅直人首相と中国の温家宝(ウェン・チアパオ)首相との「懇談」でハイレベル交渉の再開を確認後、日中閣僚級の会談は初めて。
 
 ホテル内の廊下で、人数を絞った形でソファに座って行われた。
 こうした形式は中国側の要請という。日本側は「短い会談」、中国側は「面会」と表現し、双方が正式な会合でないことを強調した。
 

●韓国中央日報の記事から・・・。
 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の三男・金正恩(キム・ジョンウン、26、労働党中央軍事委副委員長)氏が、10日の労働党創建65周年記念軍閲兵式と9日の中央報告大会の主席台に姿を現し、金正日総書記の後継者として公式化された。
 先月27日に軍大将の称号が与えられてから約10日ぶりだ。
 
 北朝鮮官営朝鮮中央テレビは10日午前、平壌(ピョンヤン)の金日成(キム・イルソン)広場で開かれた軍閲兵式を生中継した。
 北朝鮮がテレビで金正日出席行事を生中継したのは今回が初めて。
 北朝鮮はこの行事にCNNをはじめとする西側報道機関の取材団80人余りを招待し、CNNはこの日午前10時から閲兵式を生中継した。
 
 この行事で金正恩氏は金正日総書記、労働党・内閣・軍の幹部、中国側の祝賀使節団の周永康共産党政治局常務委員らと主席台に上がり、北朝鮮軍の閲兵報告を受け、挙手敬礼をしたりもした。
 
 軍事パレードでは忠清(チュンチョン)まで打撃可能な射程距離110−130キロのKN−02短距離弾道ミサイル、北朝鮮が「迎撃ミサイル総合体」と表現した垂直発射型対空ミサイルとレーダー、日本沖縄を射程圏内に収める中距離弾道ミサイル(IRBM)「ムスダン」などが登場した。
 
 これに先立ち金正恩氏は9日、金正日委員長が周永康常務委員と面談する席に同席し、初めて外交舞台に登場した。
 10日深夜12時には金正日および党・内閣・軍幹部と一緒に金日成の遺体が安置された錦繻山(クムスサン)記念宮殿を参拝した。
 
 北朝鮮メディアは、金正日総書記が周永康常務委員と会った席で胡錦濤国家主席からの祝電を受けたと伝えた。
 金正日・金正恩親子は10日夜に開かれた慶祝夜会にも出席した。
 

●韓国朝鮮日報の記事から・・・。
 北朝鮮の後継者に決まった、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長は10日、党創建65周年を記念する大規模な軍事パレードに登場し、「金正恩時代」の幕開けを国内外に公式にアピールした。
 
 北朝鮮は軍事パレードで、実戦配備しているミサイルのうち、射程距離が3000−4000キロに達する中距離弾道ミサイル(別名:ムスダン)を外国メディアに初めて公開した。
 これに先立ち、朝鮮中央通信は今月5日、金正恩氏が後継者に指名された後、初の視察先として江原道安辺郡にある人民軍第851部隊を訪問したと伝えた。
 同部隊は2006年7月にノドン、スカッドミサイル6発を発射した場所だ。
 
 北朝鮮は先月29日、金正恩氏を後継者として正式に発表した直後、国連総会で「核抑止力を強化する」と表明した。 また、寧辺の原子炉冷却塔付近で、大規模な工事が進められている様子が衛星写真で確認された。
 韓国の安全保障当局者は、「金正恩は核とミサイルを手に『即位式』に臨んだ格好だ」と述べた。
 南柱洪(ナム・ジュホン)外交通商部国際安保大使は、「金正恩氏は『強盛大国』と関係がある核、ミサイル、先軍思想などを絶対に放棄することなく、むしろ強化するのではないか」と述べた。
 
 北朝鮮は故・金日成(キム・イルソン)主席の生誕100年となる2012年に「強盛大国の扉を開く」と住民にアピールしてきた。
 金正恩氏は軍事パレードを、金正日(キム・ジョンイル)総書記と共に主席壇で観覧し、後継者として初めて、閲兵を行った。
 これについて、韓国統一部関係者は、「軍権を継承することを公式化したものだ」と分析した。また、軍部の金正恩氏に対する支持を誇示する狙いもあるとみられる。
 
 「先軍政治」を掲げる北朝鮮で権力を世襲するためには、軍部の掌握が不可欠だ。
 金正恩氏が先月28日、党代表者会で軍を統括する党組織の中央軍事委副委員長に就任したのもそうした理由からだ。
 かつて北朝鮮で金正日総合大学の教授を務めた趙明哲(チョ・ミョンチョル)対外経済政策研究院博士は、「金正日氏が1980年10月に公の活動を始めて以降、北朝鮮を事実上統治し始めたように、金正恩氏もこれから『直轄統治』に乗り出すはずだ」と語った。
 後継者修業を終え、後継者としての権力を発揮するとの見方だ。これと同時に、金正恩氏の偶像化作業も進む見通しだ。
 
 軍事パレードの生中継を見た韓国政府当局者は、「むしろ史上初ではないものを探すのが困難だった」と語った。
 これまでに北朝鮮で生中継が行われたのは、2008年2月のニューヨーク・フィルハーモニック平壌公演、今年6月のサッカー・ワールドカップの最終予選北朝鮮対イラン戦、決勝トーナメントの北朝鮮対ポルトガル戦の例があるだけだ。
 
 金正恩氏が金正日総書記の隣に並ぶ形でテレビに登場したのは、緻密(ちみつ)に計算された演出とみられている。
 現在と将来の指導者が並んで立つ場面は、金正恩氏の経験不足を当面は金正日総書記が補うというイメージを住民に植え付ける狙いがあるとの見方だ。
 金正恩氏が金永春(キム・ヨンチュン)人民武力部長に何かを質問すると、金部長が腰をかがめて熱心に説明する姿も映し出された。
 キム・ヨンヒョン東国大教授は、「今回の軍事パレードは北朝鮮が準備してきた金正恩デビュー演出の決定版だ」と指摘した。
 
 一方、朝鮮中央通信によると、金正恩氏は10日午前0時に金日成主席の遺体が安置されている錦繍山記念宮殿を訪れたという。
 韓国統一部の関係者は、「金正日総書記が金日成主席に三大世襲を報告したとみられる」と分析した。
 
 今回の軍事パレードで外国メディアに初めて公開された北朝鮮の中距離弾道ミサイル(別名:ムスダン)は、射程距離が3000−4000キロで、米軍のアジア太平洋地域の戦略拠点であるグアム島も射程圏内に収めている。
 ちなみにムスダンとは、米情報当局が命名した名称だ。
 
 同ミサイルは2000年代初めに存在が確認され、07年4月の人民軍創建記念日パレードで初登場したが、写真は公開されず、実物が公開されたのは今回が初めてだ。
 07年以降、平安南道陽徳郡、咸鏡北道虚川郡などに10基余りが実践配備されている。
 長さ12メートル、直径1・5メートルで、スカッド(300−500キロ)、ノドン(1300キロ)よりも射程距離が長く、北朝鮮が実践配備しているミサイルでは最も長距離に到達する。
 

●韓国の朝鮮日報の記事から・・・。
 「金正日(キム・ジョンイル)体制の崩壊は目の前だ。それだけは何としても目にしたい」
 黄(ファン)ジャンヨプ元朝鮮労働党書記は健康状態について聞かれるたびに、上記のような言葉を繰り返した。しかし、その思いは実現することなく、10日についにこの世を去った。
 ファン氏が長い間希望しながら実現できなかったことがもう一つある。
 それは中国の旧知に会い、「中国は北朝鮮を支援してはならない」と説得することだ。
 ファン氏は、「まだ時は来ていないが、いつか必ず伝えたい」と語っていた。
 
 2007年、脱北者を中心に北朝鮮民主化委員会が立ち上げられ、ファン氏がその委員長となったことから、記者はファン氏と何度も会う機会があった。
 最後に話が聞けたのは9月末だったが、そのときはまだ元気そうに見えた。
 ファン氏が立ち上げた哲学研究グループの集会に出席した研究者や脱北者たちも、ファン氏は普段以上に明るく元気そうだったと語る。
 
 ファン氏はソウル市江南区ノンヒョン洞にある北朝鮮民主化委員会の事務所で週に2回ほど、哲学の講義を行ったり、自ら討論に参加したりしていた。
 講義と討論は、ファン氏の唯一の趣味だった。ファン氏は哲学の愛好家が好きで、時間があるたびに席を共にした。
 
 ファン氏は1日に2回半身浴をし、食事は1日1食だった。鴨肉の水炊きなど、鴨料理が大好きだった。
 ファン氏はあまり感情を表に出さないタイプだ。しかし、金正日総書記の話題になるといつも興奮した。
 三男の正恩(ジョン・ウン)氏が正式に後継者となることが決まったというニュースについては、「あいつ(金総書記)はどれほど厚顔無恥な泥棒野郎か知っているか。世の中をリードする術も知らないのに、そのガキ(正恩氏)が偉くなったからといって何も変わらない。
 滅びの日がついに近づいているということだ」と述べた。
 
 ファン氏は金総書記についてはいつも、「あの野郎」「泥棒野郎」「この世で最も質の悪いヤツ」などと呼んでいた。
 複数の脱北者が北朝鮮の後継体制について尋ねると、ファン氏は「3人の息子の中では長男の正男(ジョンナム)が一番ましだ。
 あいつが後継者になれば、北朝鮮はもう少しもつかもしれない。
 しかし、それ以外は話にならない」と述べ、その一方で、「世の中があいつらに注目したとしても、気にする必要はない」とも語っていた。
 
 9月28日に北朝鮮で開催された朝鮮労働党代表者会に正恩氏が登場した際、感想を聞くために電話をかけたときも、「あいつ(正恩氏)が出てきたからといって、それが何か特別なことか。
 こちらはこれまで通り、北朝鮮の民主化のためにやるべきことをやればよい」と語った。
 
 ファン氏は北朝鮮よりも韓国のことをむしろ心配し、「韓国がおかしくなって大変だ」と嘆いていたことが、今も鮮明によみがえる。
 とりわけ金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)両政権の10年間、「滅び行く北朝鮮を横目に見ながら、大韓民国と統一について話し合おうと思ったのだが、こちらの方がもっと心配になった」
 「金正日以上に情けなくて悪いヤツらが大韓民国には多い。金正日によって韓国が被害を受けるかもしれない」などとよく口にしていた。
 
 金総書記以外にファン氏を怒らせたのは、太陽政策と金大中、盧武鉉両政権だった。
 ファン氏は、「金正日体制がこれまで持ちこたえることができたのは、金大中・盧武鉉両政権があったからだ。
 太陽政策は北朝鮮の人民をさらに苦しめ、金正日を復活させる反逆政策だった」といつも声を荒げていた。
 李明博(イ・ミョンバク)政権が発足すると、ファン氏は「脱北者たちも大韓民国政府と共に、北朝鮮の民主化に向けて貢献できる時をやっと迎えた」と意欲を示していた。

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