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中国の政治改革日々遠し 民族同化に反発強まる (10月25日)(月)

 北海道5区の補欠選挙で自民党町村氏が圧勝した。
 曇り 16−19度C 8時30分 トーヨーで打ち合わせ 8時45分 区へ 打ち合わせ 来客 執務 12時  故湯浅義忠氏の葬儀に出席した(区内) 14時 案件があって芳田氏 大湯氏と要談 15時30分 案件があって三田氏と要談。 18時 案件があって中井氏 宮坂氏と要談。 夜は陳祖恩「上海に生きた日本人」を読む
 

●北京発 CNN
 反日デモが続く中国で、少数民族による政府への抗議デモも広がりをみせている。中国語による授業を義務づける教育改革に対しチベット族が反発し、青海省チベット族居住区で火がついた学生による抗議行動が首都北京にも飛び火した。民族同化をもくろむ当局のいき過ぎた教育改革が、漢族への不信感を増幅させている。
 
 チベット独立を支援する国際団体「自由チベット」(本部・ロンドン)によると、青海省黄南チベット族自治州同仁県で19日、民族学校の高校生ら5000人以上がデモ行進し、「民族、言語の平等」を訴えた。20日には同省海南チベット族自治州共和県で学生が街頭に繰り出し、「チベット語を使う自由」を要求。22日には、北京の中央民族大学でも学生がデモを敢行した。
 
 英BBCによると、24日には黄南チベット族自治州尖扎県で民族学校の生徒に教師も加勢し、総勢1000人以上が教育改革の撤回を求めてデモを強行、治安部隊が出動する事態に発展した。
 
 発端は9月下旬、青海省が省内の民族学校に、チベット語と英語以外の全教科で中国語(標準語)による授業を行うよう通達したことだった。教科書も中国語で表記する徹底ぶりで、小学校も対象という。
 
 当局の中国語教育の強化の背景には、中国語が話せないため職に就けないチベット族が少なくないという現状がある。就職難はチベット族と漢族の格差をさらに広げ、それがチベット族の当局に対する不満につながっているのも事実だ。
 
 しかし、2008年3月、チベット自治区ラサで発生したチベット仏教の僧侶らによる大規模騒乱が示すように、中央政府のチベット政策に対するチベット族の不満、漢族に向けられる嫌悪感は根強い。
 
 今回の教育改革も、チベット族学生の目には「漢族文化の押しつけ」「民族同化の強要」と映っているようだ。「自由チベット」は中国当局がチベット語の“抹殺”を図っていると主張している。
 
 同省共産党委員会の強衛書記は21日、黄南チベット族自治州で学生代表と座談会を開き、「学生たちの願いは十分尊重する」と約束した。中国当局が反日デモ同様、教育改革に対するチベット族の抗議デモが、体制批判に転じることについて懸念している状況をうかがわせる。
 

●衆院北海道5区補選で自民党前職の町村信孝氏が勝利し、菅内閣は厳しい政権運営を迫られることになった。
 菅直人首相は大敗した今夏の参院選に続き、改造内閣で初めての国政選挙も落とし、昨年夏の政権交代時の勢いを完全に失った。
 菅政権は10年度補正予算案の早期成立を目指すが、自民党など野党側が小沢一郎元代表の証人喚問要求を強めるのは必至。
 国会運営は不透明感を増し、政府・民主党に危機感が募っている。
 
 民主新人の中前茂之氏の敗北を受け、同党の渡辺周選対委員長は24日夜、党本部で記者団に「非常に残念な結果だ。『政治とカネ』の問題も敗北の要因の中に当然ある」と率直に認めた。
 補選の端緒になった北海道教職員組合(北教組)の違法献金事件のあおりで実動部隊となる労組が動けず、中前陣営ではチラシを配布できない地域も出るなど選挙運動が制約された。
 
 「政治とカネ」への批判をかわすため、民主党は景気対策を前面に出す戦術をとった。
 告示前の9日には札幌市内のホテルで、党道連が道内の経済9団体から意見を聞く政策懇談会を開催。首相側近の荒井聡前国家戦略担当相は「今まで『コンクリートから人へ』と言ってきたが、地域振興には公共事業も効果がある」と語り、選挙への協力を暗に促した。だが、内閣支持率が下落に転じる中、業界・団体の大半は「民主党もこの先どうなるか分からない」と自主投票を決め込んだ。
 
 一方、自民党の町村氏は「落選したら政治生命は終わり」という危機感から、中小企業や町内会の会合などをこまめに回り、これまでにない徹底した「どぶ板選挙」を展開した。党本部も小沢氏の強制起訴議決や沖縄県・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件などを追い風に、谷垣禎一総裁や石原伸晃幹事長らが相次いで選挙区入りして政権批判を展開した。
 
 中央政界で民主党との間合いを詰める公明党は、補選の対応は党道本部に一任した。実質的に町村氏を支援した道本部幹部は「民主党はオウンゴールの連続。これでは勝てるわけがない」と指摘した。
 
 菅首相は選挙期間中、劣勢を見越して一度も応援に入らず、22日に記者団から理由を問われると、「私自身のことは幹事長に判断を任せている」と言葉を濁した。しかし、党代表として小沢氏の国会招致問題からは逃げられない。
 谷垣氏は24日夜の記者会見で、小沢氏の証人喚問について「菅さんは積極的な姿勢を示していない。きちっと指導力を発揮されることが重要だ」と首相に迫った。
 
 民主党は衆院で305議席(衆院議長を除く)を占め、補選の結果が各法案の衆院通過に直接影響するわけではない。とはいえ、小沢氏の国会招致に早期に結論を出さなければ、参院で野党が多数を占める「ねじれ国会」の運営は一層厳しくなる。
 小沢氏の側近議員は政治倫理審査会への出席すら否定的だが、党内には「先送りしていいことはない」(幹部)との懸念も強まっている。
 
 民主党にとって悩ましいのは当面、攻勢に転じる材料が見当たらないことだ。政権浮揚のきっかけをつかむため、補正予算案で公明党との連携に期待するが、同党の山口那津男代表は24日夜、「民主党がどう責任ある対応をとるかが、国会審議に影響を及ぼす」と距離を置いた。
 
 民主党の輿石東参院議員会長は24日夜、補選の敗北について「菅内閣発足以来の実績が問われているのは確かだ」との認識を表明。
 渡辺氏も「政権交代の成果をしっかり見せていかなければならない」と注文をつけた。同党幹部は「小沢氏の招致を巡り党内が割れ、野党に振り回されると、国民は『菅内閣で大丈夫なのか』と思う」と首相の政権運営の不安定化に懸念を示した。
 
 自民党は後半国会で財政健全化責任法案を再提出し、補正審議の前提条件として菅政権の姿勢を問う構えをみせている。当選した町村氏は24日夜、札幌市内の選挙事務所で支持者に笑顔で、こう語った。
 「私の1議席は政治的意味合いが大きい。これが直近の民意だ」
 

●北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の専属料理人を務めた日本人の藤本健二氏(63)は24日、「北朝鮮の後継者金正恩(キム・ジョンウン)は結局、改革開放を選ぶだろうが、実践に移すには少なくとも10年かかるだろう」と述べた。
 
 2001年4月に脱北するまでの13年間、幼いころの金正恩ら北朝鮮の中枢層の生活に接していた藤本氏は、「少なくとも5〜6年は金正恩の意思が政策に反映されるのは難しいだろう。
 父(金正日)が死亡しても後見人の張成沢国防委員会副委員長の意見が重視されるだろう」と明らかにした。
 この日訪韓した藤本氏は、本紙と単独インタビューで「金正恩が後継者になることはまったく驚くことではない。
 あの国が存続するには世襲しかなく、3人の息子のうち金正恩のほかに対案はない」と述べた。
 
藤本氏は金正恩と異母兄の金正男(キム・ジョンナム、39)との権力闘争の可能性について、「あり得ないと思う」と強調した。
 最近金正男が外信インタビューで、「3代世襲反対」を明らかにしたことについて、「“共和国”と言わず“北韓”と呼ぶのは金正日委員長が最も嫌がることなのに、世襲反対発言までした」と驚いた。
 
 後継構図から落馬した金正恩の実兄金正哲(キム・ジョンチョル、29)と関連しては、「金正哲は心がやさしく、弟を攻撃せずサポートするだろう」と予想した。
北朝鮮が「金正恩は3歳で百発百中の射撃をした」と宣伝するという説については、「新指導者になったので伝説を作ろうというもの。
 金正恩と17歳のときに射撃をしたが、百発百中ではなかった」と述べた。
 
 藤本氏は、「金正恩は寝ても覚めてもバスケットボールをしていた。
 金正日委員長は食後45分休まなくてはと指示したが、金正恩は5分も耐えられず、『兄さん、行こう』と言ったりしていた」と話した。
  金正恩の外見については、「太って見えるのはたくさん食べているから。
 北では上に立つ者が細くてはならない」とした。金正日の指示で意図的に体を大きくしたという話だ。
 また、「常に集まりやグループの中心になるなど金正日からDNAを受け継いだ人物。私が父親でも正恩を後継者に選んだだろう」と述べた。
 
藤本氏は、「金正恩大将は危険な人物ではない」と主張した。
 天安艦事件を金正恩が指示した可能性については、「金正恩が直接指示したのではないとみている」としながらも、  「後継構図形成過程で作戦が成功すれば金正恩の業績になるだろう」と述べた。
 また、「改革開放で住民を潤沢にし、政治犯収容所もなくし国際社会に認められればと思う」と金正恩に求めた。
 
北朝鮮女性と結婚し1男1女を置いてきた藤本氏はインタビュー中、金正恩を「大将」、金正日を「将軍」と呼んだ。 北朝鮮の家族のため批判ができないのかと問うと、「北朝鮮を脱出してきたのは金正日将軍が嫌いだからではなかった」と主張した。
 北朝鮮向けメディアの開かれた北朝鮮放送の招きで訪韓した藤本氏は、25日に後継関連討論会に出席し記者懇談会などを行う予定だ。
 
藤本健二氏は日本の寿司職人として1982年に初めて北朝鮮にわたり、平壌の日本食レストランで働いた。
 一時帰国後87年に再度北朝鮮入りし、金正日の専属料理人として13年間務めたが2001年に脱北した。
 日本の警視庁と通話した内容が北朝鮮につかまれ1年6カ月の自宅軟禁を受けたことから出張を言い訳にし北朝鮮を脱出した。
 置いてきた家族は鉱山に追放されたという。「金正日の料理人」など4冊の本を出した。

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