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あと三年持つや持たぬやわが経済 あきらめムードの漂うままに (12月01日)(水)

 いよいよ師走となった。暗い曇り 9−14度C
 8時30分 トーヨーで打ち合わせ 8時45分 区へ
 打ち合わせ 来客 執務 13時 案件があって吉本氏と要談 15時 緑谷氏と案件があって要談 18時30分
 平成22年度江戸川区ボランティア交流会(GP) 20時30分 終了 解散 夜はジャン・モーリス「帝国の落日」を読む。
 

●海老蔵が顔面をボコボコにされた事件は、警視庁が、杉並区に住むIという男(26)に逮捕状を取り急展開。
 それとともにベールに包まれていた経緯も徐々に明らかになってきた。
 海老蔵はこれまでの事情聴取に「具合が悪くなった人を介抱していたら殴られた」などと答えていた。だが、当時泥酔状態で記憶がハッキリしていない。
 海老蔵の証言を聞くと、Iの凶暴性が際立つが、実情は違う可能性もある。
 
 暴行現場のビル関係者は「悪酔いした海老蔵が、Iの先輩格にあたる某氏(現場に不在)の知人に絡んだのが原因のようです。
 Iは目の前で、その知人が愚弄(ぐろう)されたことにキレてしまった。
 海老蔵の酒グセの悪さは六本木中に知れ渡っていましたから、『懲らしめてやろう』という気持ちもあったのでしょう」と証言する。
 
 また、海老蔵が、酔いつぶれるその知人の髪の毛を引っ張り、頭から酒をかけ、灰皿にテキーラを入れて飲ませようとしたのが事の発端との報道もある。
 キレたIが長時間にわたり殴り続けたとの話もあり、Iの怒りは相当すさまじかったようだ。
 

●検察審査会の議決に基づき、政治資金規正法違反で強制起訴される小沢一郎・民主党元代表の主任弁護人に、郵便不正事件で無罪が確定した元厚生労働省局長の弁護人を務めた弘中惇一郎弁護士(65)=東京弁護士会=が就任することが決まった。
 弘中氏は取材に対し「自分の事務所の弁護士を含め数人で弁護団を編成したい」と語った。裁判では無罪を主張するとみられる。
 
 弘中氏はロス銃撃事件で無罪が確定した故三浦和義氏や、薬害エイズ事件の1審で無罪を言い渡された故安部英・元帝京大副学長(控訴審中に死去)らの弁護人を務めたことで知られる。
 小沢氏側から弁護団入りを要請されており、小沢氏が審査会の起訴議決取り消しを求めた行政訴訟を30日に取り下げたことから、受諾することを正式に決めたという。
 

●朝鮮半島由来の朝鮮王室儀軌などの図書1205冊を韓国に引き渡す日韓図書協定の国会承認が1日、暗礁に乗り上げた。
 臨時国会の3日閉会が決まり、菅直人首相は日韓併合100年の今年中に引き渡すとした李明博大統領との約束を守れないことになる。
 十分な審議時間を確保せずに「お願い」を連呼し、一方で反発をあおる言動を繰り返した首相や仙谷由人官房長官の稚拙さが墓穴を掘った。
 
 1日の自民党外交部会は引き渡し反対論が相次いだ。山本一太参院政審会長は、首相官邸を留守にしてまで首相と協定署名に立ち会った仙谷氏に関し「問責決議を可決した参院では承認を通さない」と明言。
 来年1月召集の通常国会でも「仙谷氏が居座れば審議は門前払いだ」との声も出た。
 政府が協定承認案件を国会に提出したのは11月16日。引き渡しを表明した8月の「菅談話」から3カ月以上経過し、野党側への説明開始も11月中旬と遅かった。それでも自民党は当初、賛否が半ばし、谷垣禎一総裁は11月11日の記者会見で「今後の日韓関係の改善につながってほしい」と述べていたほどだ。
 
 水を差したのは首相自身だった。自民党は反対で意見を集約したわけではなく、そもそも審議入りすらしていないのに、首相は11月29日に「野党が邪魔している」と発言。 翌30日に谷垣氏に電話で協力を求めたが、後の祭りだった。
 外務省内にも当初、解決済みの図書引き渡しを蒸し返すことに懸念があった。
 それを振り切り、政治主導で菅談話に押し込んだのが首相や仙谷氏だった。
 仙谷氏は1日の記者会見で「私はひたすらお願いする立場でございます」と低姿勢だったが、自身への問責可決が審議の「障害」と指摘されると態度を一変させ「別に私の所管でも何でもない」と開き直った。今回もまた、先を見通せない政治主導の失敗例となったようだ。
 

●香港発 時事通信
 中国高官が昨年6月、同国の対北朝鮮政策について、核兵器の不拡散という約束を北朝鮮に守らせて朝鮮半島の安定を保ち、金正日労働党総書記を「怒らせないようにする」のが目的だと発言していたことが、内部告発サイト「ウィキリークス」で公開された米外交公電から明らかになった。
 1日付の香港紙・明報などが伝えた。
 
 中国政府は「朝鮮半島の非核化」を目指すとしているが、実際には北朝鮮の核保有を容認、同国の現体制維持を最優先に考えていることになる。
 公電によると、当時駐カザフスタン大使だった程国平氏(現外務次官補)がアスタナで米国のホーグランド駐カザフ大使と食事をした際、中国のこうした方針を説明した。

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