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若葉冷え気温差はげし朝夕に韓国船の報道はげしく (04月21日)(月)

 雨 8−16度C 8時 トーヨー 8時20分 区へ 打ち合わせ 9時30分 監査委員事務局との打ち合わせ 13時 安宅氏 好村氏と案件があって要談 15時 早矢仕氏 冨田氏と案件があって要談 18時 天沼氏らと懇談 
 

●韓国南西部、珍島沖の旅客船沈没事故で韓国政府の合同捜査本部は19日、事故当時に操舵(そうだ)室を離れていたイ・ジュンソク船長(68)と、操船していた女性3等航海士(25)、操舵手(55)の計3人を逮捕した。3等航海士は調べに対し「全速力で方向転換した」などと供述。光州地検幹部は急旋回が事故の原因になったとの見方を示した。一方、韓国海洋警察などは同日、船内から3人の遺体を収容したと発表。船内からの収容は初めて。

 「セウォル号」の沈没原因を調べている光州地検幹部は、操船を一任された3等航海士の指示による旋回後に、旅客船がバランスを崩したとみている。韓国紙・中央日報などによると、3等航海士は「現場付近で速度を落として右に曲がるべきなのに、ほぼ全速力で進んで方向を変えた」と供述。「最高速度の時速39キロに近い時速35キロで方向転換した」と話し「操舵装置がぐいっと回ってバランスを失い、統制不能になった」と説明した。

 操舵の指示は、船長のイ容疑者や複数の航海士が時間制で行っていたが、前夜の出航が濃霧で遅れたため、普段は別の海域担当の3等航海士が、現場海域で操船することになったという。朝鮮日報によると、3等航海士は木浦海洋大学を卒業後、10か月間の実習を経て昨年12月にチョンヘジン海運に入社。現場は韓国でも有数の、潮流の速くて暗礁が多い難所で、3等航海士は「現場海域を操船したのは今回が初めてだった」と供述していることも判明した。

 朝鮮日報によると、3等航海士の名前は事故生存者名簿にはなく、偽名を使って脱出した疑いがもたれている。発音が似ている乗組員名はあるものの、運行会社への照会では、該当する社員はいなかった。東亜日報によると、イ容疑者も救助船に乗り移った際に海洋警察に身分を尋ねられ「一般市民」と回答。救助された人々の待機所で乗客らに交ざったまま、事故状況の説明や救助を手伝うこともなかったという。

 イ容疑者は乗客を救護せずに船から脱出したとの特定犯罪加重処罰法違反など5つの容疑で、3等航海士と指示を受けかじを切った操舵手は業務上過失致死などの容疑で逮捕された。特定犯罪加重処罰法違反は業務上過失致死より罪が重く、国民感情を考慮して同種の行為に重罰を科す場合に適用される。イ容疑者に適用された条項の最高刑は無期懲役。3等航海士と操舵手との間で指示内容に関する供述が食い違い、捜査本部は運航記録などの分析も進める。

 聯合ニュースが乗船者名簿を調べたところ、本来は救助に携わるはずの航海士や操舵手、機関士ら操船関係の職員15人は、全員救助されていたことが判明。捜査本部は逮捕した3人以外に、10人余りの乗員から事情聴取。乗客の避難誘導を行わず船から退避した事実が確認できれば逮捕も検討。運航会社幹部からも、船を改造した状況などについて事情を聞いている。
 

●上海発 CNN
 日中戦争が始まる前年の1936年に日本の海運会社に船舶を貸し出した中国の船舶会社の親族が未払いの賃貸料などを求め、勝訴した裁判をめぐり、上海市の上海海事法院(裁判所)は19日、海運会社の流れをくむ日本の海運大手「商船三井」が所有する貨物船1隻を浙江省の港で差し押さえた。上海市当局が20日、発表した。
 
 戦後補償をめぐる裁判で、日本企業の資産が中国側に差し押さえられたのは初めてとみられる。戦時中に日本に強制連行されたと主張する中国人元労働者らの訴えも相次いでおり、被告となった日本企業を揺さぶる狙いがありそうだ。
 海事法院に差し押さえられた商船三井の船舶は、中国向けに鉱石を輸送する大型ばら積み船「バオスティール・エモーション」。
 
 中国側によると、当時の船舶会社「中威輪船公司」が日本の「大同海運」に船舶2隻を貸し出したが、大同側は用船料を支払わず、船舶はその後、旧日本海軍が使用し、沈没した。
 88年に「中威」の創業者親族が20億元(現在のレートで約330億円)の損害賠償を求めて提訴した。
 大同の流れをくむ商船三井側は、「船舶は旧日本軍に徴用されており、賠償責任はない」と主張したが、海事法院は大同が船舶を不法占有したと認定、2007年に約29億2千万円の賠償を商船三井に対して命じていた。10年に上訴審で1審支持の判決が出て確定したものの、商船三井側は賠償を拒否していた。 商船三井の話「事実は承知しているが、詳細は確認中だ」 
 

●今年3月。機械メーカー「不二越」(富山市)の株主総会中、日本人株主が、戦時徴用された韓国人女性の夫とみられる韓国人株主に対し、暴言を浴びせた−との報道が韓国で流れた。
 不二越は、総会中に発言がなかったことは確認したが、前後の会場内でのやりとりまでは把握できないため、静観するしかない状況。
 一方、総会では韓国人株主から、本題とは無関係な戦時中のことがらに関する質問まで飛び出した。
 いずれも背景あるのは、戦時徴用関係者を「サポート」し、日本企業の株主総会に送り込む韓国の「反日団体」の存在だった。
 
 「株主総会中に、そのような出来事があったとは聞いていない」。
 不二越の広報担当者は、困惑ぎみにこう打ち明ける。
 韓国の大手通信社「聯合ニュース」によると、不二越で戦時徴用労働者として勤労奉仕で働いた韓国人を「強制動員された被害者」と規定する団体「太平洋戦争被害者補償推進協議会」が3月25日、ソウルの日本大使館前で記者会見。
 富山市内のホテルで2月19日に開催された不二越の株主総会について、韓国人株主として出席した金明培(キム・ミョンベ)氏に対し、ある日本人株主が「朝鮮に帰れ」などと暴言を浴びせたと指摘。
 「強制動員の被害者に対する攻撃であり、侮辱」と激しく非難した。
 
 不二越は先の大戦の戦時徴用をめぐり、韓国人の元女性挺身隊員ら3人に未払い賃金や賠償金の支払いを求め提訴された経験がある。
 同訴訟は平成12年、不二越側が「事実はないが、過去の事実をめぐる不毛な争いの継続は不幸」と、企業責任は認めなかったが、原告のほか米国で訴訟を準備していた関係者ら計8人と1団体に対し、総額3000万〜4000万円の解決金を支払うことを柱とする内容で和解が成立している。
 だが、その後も韓国では「強制動員被害」の補償などを求める市民団体が訴訟を提起。同社をめぐる戦後補償訴訟は今もなお続いている。
 
 韓国メディアによると、金氏は同社に強制動員されたとされる女性の夫。不二越に戦後補償を求めた原告の1人として訴訟に関わったこともあるという。
 協議会が非難した「暴言」について、不二越側は公式見解を示すこともできず、一方的な報道に戸惑っている。同協議会が訴える内容が事実かどうかも確認できないからだ。
 前述の広報担当者は金氏が総会に参加していた事実を認めた上で、「株主総会中は、ソウル聯合ニュースで流れているような日本人株主が韓国人株主に暴言を浴びせる場面は絶対になかった。一方的な報道で、非常に迷惑している」と話す。ただ、「総会の前後に会場内外であった個別の株主間のやりとりまでは把握していない。双方の株主に確認するわけにもいかず、事態を静観せざるえない」としている。
 
 事実を確認できないため抗議もできない不二越。だがこれまでも、韓国メディアは不二越を含む日本企業は韓国人を「強制動員」した「加害者」だとするニュースをさかんに配信している。
 今年3月に配信された聯合ニュースの記事によると、韓国の政府機関が同月6日、朝鮮半島から女性を徴用して「強制労働」させた日本企業で、現在も存続している企業は26社あるとし、企業名を公表。不二越は「被害者数が114人で最多」と報じられ、「ワースト」のレッテルを貼られた。
 
 だが、同社は「強制連行の事実自体がない」と明かす。韓国事情に詳しい日本企業関係者は、「当事者に全く裏をとらず、日本の企業を一方的に批判する報道が目立つ」と韓国メディアの報道姿勢を批判する。
 太平洋戦争被害者補償推進協議会は、高齢で調査能力や行動力に限界がある韓国人「被害者」を全面的に支援している。「加害企業」の株を購入して株主となり、総会に参加するというアイデアも、協議会によるもの。「被害者」に「活動」を勧め、全面的にサポートしているのだ。
 
 そのねらいは、日本企業の経営陣に「圧力」をかけることだ。事実、2月19日の不二越の総会では、韓国人株主が「強制動員」について質問したという。
 「戦時中のことがらを、経営を話し合うはずの株主総会に持ち込まれるのは正直、『場違い』だし、迷惑だ。彼らは特殊株主であり、はっきり言って総会屋そのものだ」。今回の不二越の一件を知ったある日本企業幹部はこう語る。
 
 ただ韓国では「反日無罪」といって、反日活動なら何をしても許される−というムードが現実としてある。国際常識や規範にのっとるより、「国民情緒」にかなう行為が喝采を浴びる風潮があるのだ。不二越以外の日本企業も強制動員をめぐり韓国人に訴訟を提起されており、ことは不二越だけの問題ではない。
 
 不二越と韓国人の元女子挺身隊員らとの和解が成立した14年前。記者会見した井村健輔社長(当時)は、「謝罪はしない」とこれまでの主張を繰り返し、和解に至った経緯については「20世紀の終わりに当たって、第2次世界大戦下における過去の事実をめぐる不毛の争いを継続することは当事者双方にとって不幸」と述べた。だが、不二越が終わらせようとした「不毛の争い」は今もなお、継続させられている。

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