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TPP徹夜ふた晩交渉も合意ならずさらに持ち越し (04月25日)(金)

 晴れ 12−23度 6時45分ー7時15分 散策 8時 トーヨー 8時20分 区へ 9時30分 葛西事務所 13時15分 東部事務所の監査
 

●安倍晋三首相は24日午前、来日中のオバマ米大統領と、東京・元赤坂の迎賓館で会談し、日米同盟について「平和と繁栄の礎」「アジア太平洋地域の安全保障の土台だ」と世界に向けて発信した。沖縄県・尖閣諸島を含む同地域で、領土的野心をあらわにする習近平国家主席率いる中国を、強固な日米同盟でけん制・封じ込める狙いだ。これまで、中国に腰の引けていたオバマ氏だが、ウクライナや中東などで世界情勢が激変するなか、安倍首相主導の同盟強化に傾いた。
 
 「日本国民として、バラク・オバマ大統領の来日を歓迎する。自由と民主主義、基本的人権といった価値を共有し、戦略的利益を共有する日米の同盟関係はかけがえのないものだ。私の進める積極的平和主義と、バラクの進めるアジア重視政策は、この地域の平和と安定に貢献する。中国に関しては『力による現状変更の動きに対しては、明確に反対する』ことで一致した。アジア太平洋地域で日米同盟が主導的役割を果たしたい」
 
 24日午後12時39分から始まった共同記者会見。安倍首相は予定をオーバーして終わった首脳会談の成果を、こう語った。
 これを受け、オバマ氏は尖閣諸島について米大統領として初めて「日本の施政下にある尖閣諸島についても日米安全保障条約第5条の適用対象になる」と明言した。
 
 これに先立つ首脳会談で、安倍首相は集団的自衛権の行使容認に向けた状況を説明し、オバマ氏から「支持」を取り付けた。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉も、閣僚級協議を継続することで一致した。
 米国のアジア戦略が、日米同盟を軸に展開される方針が鮮明となった。
 微妙な距離があった両首脳を近づけたのは、23日夜、東京・銀座の高級すし店「すきやばし次郎」で行われた非公式の意見交換だ。世界最高のすし職人と呼ばれる小野二郎さん(88)がツケ場に立つ同店は、仏料理店本「ミシュランガイド」で3つ星を連続獲得している。
 
 「すしは随分食べてきたが、人生の中で一番おいしいすしだった」
 オバマ氏はこう述べて相好を崩した。カウンター席に並んで座り、日本酒も酌み交わした安倍首相は「オバマ氏が『日本食、特にすしが大好きだ』とうかがったので、えりすぐりのすしを味わっていただこうと思った」と笑みを浮かべた。
 日本側は当初、居酒屋を検討していたが、オバマ氏本人が「すきやばし次郎」を希望した。意見交換では、TPPをめぐる真剣なやり取りもあったという。
 
 実は、日米両首脳のすし会談には前例がある。
 1993年7月、東京サミットで来日したクリントン大統領が「どこかスナック(=軽食)でも食べながら話しませんか?」と持ちかけ、宮沢喜一首相がホテルオークラ内のすし店に誘い出した。米国は当時、貿易上の最恵国待遇供与を、中国の人権問題などとリンクさせようとしていた。宮沢氏は口を開いた。
 
 「あれ(最恵国待遇)は馬鹿だからおよしなさい。あれをやめたりしても大したことにはならない。いい加減にしておきなさい」(『宮澤喜一回顧録』から)。対中関係を重視する宮沢氏が若き大統領を説教したといえる。
 
 今回の安倍・オバマ会談は、当時の日米首脳の対中姿勢とは180度違う。安倍首相としては、オバマ氏の「尖閣防衛」「アジアへのリバランス(再均衡)政策」の決意を引き出し、中国を牽制する意向だった。
 ただ、杏林大の田久保忠衛名誉教授は「オバマ氏は、とにかく他の国と戦争したくない。シリアでもイランでもウクライナでも弱腰で、同盟国は心配している」と指摘し、こう続ける。
 
 「オバマ氏は、アジアに安全保障の重心を移すリバランス戦略を掲げるが、中国に釈明できるような逃げ道を残そうとする。『やるか貴様!』と大声を出しているが、拳骨を振り上げていない」
 確かに、オバマ氏は国賓として来日しているが、ミシェル夫人は同行していない。ミシェル夫人は先月、娘2人を伴って1週間も中国に滞在した。オバマ政権幹部は、中国が主張する「新型大国関係」を認めるなど、融和的姿勢が目立つ。
 
 とはいえ、首脳会談で、年内の見直しを確認した「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」は、台湾有事など中国を念頭に置いた防衛協力を強化するもの。97年の改定時に、朝鮮半島有事を想定していたのとは、大きく異なる。
 まさに、安倍首相ペースで進められた日米同盟の強化。習主席率いる中国はこれまで、世界各国で日本を貶める歴史問題を宣伝したり、ワシントンでロビイストを暗躍させて「日米分断」を試みてきたが、むなしい努力であることを印象づける日米首脳会談となった。
 

●韓国の旅客船「セウォル号」沈没事故では、乗客を残して真っ先に逃げ出した船長の責任が糾弾されている。こうしたなか、朝鮮半島では「責任者の先逃(せんとう=率先して逃げること)」は伝統という指摘もある。ジャーナリストの室谷克実氏が考察した。
 
 韓国の李承晩(イ・スンマン)初代大統領は1950年6月、北朝鮮軍が朝鮮戦争の口火を切って南進してくるや、「ソウル死守」を宣言したまでは格好良かったが、その足で家族を連れて南に逃げた。ただ逃げただけではない。ソウルを横断する漢江(ハンガン)には当時、橋が1つしかなかったが、北朝鮮軍の進撃を妨げるため、その橋を爆破して逃げた。橋を通行していたソウル市民が、まず犠牲になった。
 
 それだけでも「国賊」なのに、何の責任も取らないまま大統領ポストに居座った。いま李承晩は「反日を貫いた大統領」として尊敬されている。
 釜山(プサン)まで逃れた李承晩が震えながら「日本に逃げたい」と言い、米軍人に怒鳴りつけられた事実など、韓国人は誰も知らないのだ。
 
 79年に漢江に架かる聖水(ソンス)大橋が完工したが、地震に見舞われたわけでもないのに、15年後に自然崩落して、通行中だったバスや車は次々に漢江にのみ込まれ32人が死亡した。汚職とセットの手抜き工事が原因だった。
 97年に新しい聖水大橋が完成したが、2001年の調査で、また手抜きがあることが判明した。
 
 ソウルの三豊(サンプン)百貨店は開店から6年後の1989年、5階建ての建物全体が跡形もなく崩壊し、502人が死亡した。度重なる設計変更に伴う構造欠陥を抱えていたためだ。ビル全体が揺れ始めたのに、社長は営業続行を決め、崩壊したときにはいなかった。
 設計変更した構造には違法部分が多々あったが、市役所への賄賂でクリアしていたのだ。
 2003年の同国南部・大邱(テグ)市の地下鉄放火事件では、運転士が車両のドアを開けないまま逃げ、192人が死亡した。
 
 そして、今回の旅客船「セウォル号」沈没事故。船が傾いてから沈没するまでに少なくとも142分以上の時間があったのに、船長以下の乗務員は真っ先に逃げ、乗客を避難誘導することもなかった。《一方、22歳の女性乗組員は、自分の救命胴衣を高校生に譲るなど、最後まで乗客を守ろうとして犠牲になった》
 
 歴史をさかのぼれば、高麗の王朝は、蒙古軍が侵略してくるや、蒙古兵が船を操れないことを知り、黄海に浮かぶ江華(カンファ)島に逃れた。本土(半島)にいる人民を置き去りにしたのだ。李王朝の王族たちも、秀吉軍が上陸するや臣下に「防戦」を命じ、自分たちは北部に逃げた。
 
 〈責任者の先逃〉は、朝鮮半島の伝統だ。
 大人災事故があるたびに、韓国のマスコミは「わが国はやはり後進国だ」「こうした悲劇は2度とあってはならない」と悲憤慷慨(こうがい)の論説を張り、責任者を追及する。
 しかし、何の学習効果もなく、また何年かたつと、同じような汚職絡みの大人災事故が起こり、〈責任者の先逃〉が繰り返される。
 
 長年にわたり半島をウオッチしている者にとっては、今回の沈没事故の後のドタバタも「またか」でしかない。〈責任者の先逃〉の犠牲者の冥福を祈るのみだ。以上室谷克実(むろたに・かつみ)の原稿。

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