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長文の安保懇報告すさまじく全紙面うめつくし読むはあたわず (05月16日)(金)

 曇り 19−26度 6時45分ー7時15分 散策 8時 トーヨー 8時20分 区へ 9時30分 広報課の監査 11時30分 木澤氏ら来訪要談 13時 情報政策課の監査 18時 上山氏 森氏 河本氏と要談。
 

●中国が南シナ海で暴走している。ベトナムと領有権を争うパラセル(中国名・西沙)諸島周辺海域で、強引に石油掘削を始めたうえ、フィリピンと領有権を争うスプラトリー(同・南沙)諸島で、勝手に滑走路建設に着手したのだ。地域の平和と安定を脅かす暴力的覇権主義に、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国をはじめ、日米両国も批判を強めており、ベトナムでは反中デモが激化した。今後、中国の孤立化が加速しそうだ。
 
 「挑発的で攻撃的な行動で(他国は中国への見方を変えつつある)。中国の孤立が進んでいる」
 ライス米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は14日、ワシントンでの集会で、中国をこう牽制(けんせい)した。
 菅義偉官房長官も同日、「緊張を高めるような一方的な行動を慎み、法の支配の原則に基づいて行動すべきだ」と批判した。
 ロシアによるクリミア半島併合に刺激されたのか、中国は最近、「力による現状変更」を強引に進めている。
 
 パラセル諸島周辺での石油掘削だけでなく、スプラトリー諸島の暗礁を埋め立て、滑走路建設とみられる工事を始めたのだ。同諸島の軍事拠点化の動きとみられ、デルロサリオ比外相は「暗礁はフィリピンのEEZ(排他的経済水域)内」「国連海洋法条約違反だ」などと、中国に抗議した。
 
  ベトナムでは、激しい反中デモが吹き荒れた。首都ハノイの反中デモが各地に広がり、南部ビンズオン省の工業団地で13日、中国系企業の工場労働者ら数千人が「中国は出て行け!」などと書いた横断幕を掲げてデモ行進。10以上の工場が襲撃・放火された。14日には北部タイビン省、中部ハティン省にもデモが広がった。巻き添えで、ビンズオン省の日系企業の工場にも被害が出た。
 
 「反中」感情の高まりをどう見るべきか。国際政治学者の藤井厳喜氏は「中国は、オバマ米政権を『どうせ、何もできない』と軽視して、南シナ海での覇権拡大に乗り出したのだろうが、裏目に出つつある」といい、こう続ける。
 
 「これまでASEAN諸国は、中国との距離感からバラバラだったが、現実の脅威を目の当たりにして結束せざるを得なくなっている。フィリピンは米国と新しい軍事協定を結び、ベトナムも今後、米国との距離を縮めるだろう。インドネシアは日本に対して『海上パトロールで力を借りたい』と打診してきている。中国としてはASEANの結束を防ぎ、各個撃破する戦略だったが、完全に失敗した。『対中包囲網』ができ、さらに孤立化するだろう」
 

●4月16日9時41分 女子生徒のチャット「窓の外にコンテナが浮いている。その場を動くなと言われた」
 8時52分 事故一報−檀園高の生徒が119番通報、海洋警察、位置確認に手間取り対応遅延
 10時17分 セウォル号から最後のSNS発信 「お父さん、お母さんに会いたい。船がまた傾いた」
 
 4月16日午前に沈没したセウォル号の状況は、乗客が残した通話内容やソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のメッセージ、携帯電話で撮影した動画などにまざまざと記録されている。
 セウォル号の危機を外部に最初に知らせたのは、午前8時52分、檀園高2年のチェ・ドクハさん(17)だった。チェさんは今回の事故で犠牲になった。
 
 チェさんはセウォル号がバランスを失い、沈没を始めると、119番通報した。セウォル号が済州海上交通管制センター(VTS)と交信する3分前だった。チェさんは「助けてほしい。船が沈没しているようだ」と告げ、救急は海洋警察に連絡を試みた。しかし、海洋警察が事故地点の経緯度を尋ねるなど手間取り、通報の正式な覚知時間は午前8時58分となっている。
 
 その直後、船内には「動かずに待機を」という放送が流れた。乗客はその時になって、乗客同士、陸上にいる家族に事故発生の事実を伝え始めた。午前9時4分ごろ、父親に電話した男子生徒は「船が傾いている。救命胴衣を着用した」と話したほか、1分後に女子生徒はチャットで、「本当に死ぬんじゃないか。船が傾いた」というメッセージを残した。船が既にかなり傾いた状態だったことを物語っている。
 
 徐々に傾く船内で、乗客は海洋警察による救助作業が始まっていることに気づいていた。午前9時25分ごろ、男子生徒は兄に「今海洋警察が来たということだ」というメッセージをチャットに残した。また、午前9時40分ごろに女子生徒が撮影した動画には、「ヘリコプターが来た」「(乗客が)海に飛び降りている」という会話が記録されている。
 
 しかし、救助の手はついに船内には及ばなかった。午前9時41分、女子学生はチャットで、「窓の外にコンテナが流出して浮いている。放送もない。動くなと言われている。(中略)皆船室にいる」というメッセージを送った。ちょうど事故現場に到着した海洋警察は当時、船長と乗組員を救助した後、海に飛び降りた乗客を中心に救助作業を行っていた。
 
 午前10時3分ごろ、セウォル号のヤン・デホン事務長(45・行方不明)は妻との通話で、「船がかなり傾いている。子どもたちを助けに行かなければならない。長く話してはいられない。切るよ」という言葉を残した。仁川市の竜遊初等学校(小学校)の同窓生による団体旅行で乗船していたチェ・チャンボクさん(60・女性)=死亡=は妻との通話で「外に出たいがドアが開かない。ヘリも来て救助しているから心配しないで」と話した。セウォル号は65度以上傾いた状態だった。乗客が海洋警察の助けなしで自力で脱出することは既に難しかったとみられる。
 
 午前10時17分、セウォル号からSNSによる最後のメッセージが発信された。檀園高のある生徒は両親に「お母さん、お父さんに会いたい。船がまた傾いた」という言葉を残した。検察の訴状によると、この時点で船は108度傾いていた。以上
チェ・ヨンジン記者 朝鮮日報。

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