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日曜日暗き午後の食事会タイ料理の辛き味のみのこる (06月08日)(日)

 朝から暗い日 雨のち小雨曇り 午前中 原稿 12時 早稲田氏と案件があって要談 13時30分 佐竹氏 守川氏と案件があって要談 16時 寺師山氏と案件があって要談。
 

●三笠宮崇仁(たかひと)親王殿下の第2男子で、天皇陛下のいとこにあたる桂宮(かつらのみや)宜仁(よしひと)親王殿下が8日午前10時55分、急性心不全のため東京都文京区の東京大学医学部付属病院で薨去(こうきょ)された。66歳のご生涯で、皇位継承順位は第6位だった。桂宮さまは昭和63年5月、お住まいの宮邸の寝室で倒れて以来、右半身が不自由となり、リハビリテーションを受けられていた。ご本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」は約1週間後に東京都文京区の豊島岡(としまがおか)墓地で執り行われるとみられる。桂宮さまは独身のため、桂宮家は断絶する。桂宮さまの薨去により、皇室の方々は21方となった。
 
 日・豪・ニュージーランド協会総裁のほか、伯父にあたる高松宮が昭和62年2月に薨去された後は、大日本農会、大日本山林会、日本工芸会、日本漆工協会の各総裁を受け継がれた。
 心筋症の持病があったほか、宮家創立から約半年後の63年5月26日には、宮邸の寝室で倒れられているところを発見された。当時のご年齢は40歳だった。
 
 都立広尾病院に入院し、診断の結果、頭蓋骨(ずがいこつ)の内側にある硬膜と、くも膜の間から出血する「急性硬膜下血腫」と分かり、緊急手術を受けられた。右半身まひなどのご障害が残ったものの、リハビリに取り組み、平成3年には公務にご復帰。総裁を務める各団体の表彰式などに、20年まで出席されていた。
 20年9月には、高熱が続いたため東京大学医学部付属病院にご入院。診察の結果、血液に細菌が入る「敗血症」と診断された。
 

●先の韓国統一地方選で「惨敗」予想さえあった、朴槿恵(パク・クネ)政権を支える与党セヌリ党は、何とか“引き分け”に持ち込んだ。この結果に「ホッとしている」のは政権・与党関係者ばかりではない。日韓の外交当局者もまた同じだった。
 
 選挙で与党が大敗した場合、朴大統領の求心力低下は避けられない。内政で窮地に追い込まれた朴政権は支持を回復するため、外交で得点を稼ごうとするだろう。その中で最も手っ取り早いのが対日外交である。
 
 つまり、政権弱体化に伴い朴大統領が一層強硬な反日姿勢をとる事態が、両国の外交当局者の間で危惧されていたのだ。
 「最悪のシナリオ」は回避されたものの、日韓関係は「以前の状況に戻っただけ」(日韓外交筋)で相変わらず芳しくない。「(日韓)局長級協議をやっているのみ」(同)というのが現状だ。
 
 日韓両国は1965年6月、日韓基本条約を締結し国交を正常化した。来年はその50周年に当たる。
 日本側は来年の記念事業実施に向け、「今秋にも日韓首脳会談が実現すること」(日本政府筋)が最も望ましいとみている。
 だが、オバマ米大統領の仲介で実現した3月の日米韓首脳会談を受け、4月中旬以降に行われた2回の日韓局長級協議では、互いの立場を主張するにとどまり、関係修復の兆しはみられない。
 
 「日本は官邸、韓国は青瓦台(大統領府)から協議への指示が下りてこないからだ」(日韓関係筋)という。
 慰安婦問題をめぐり旧日本軍の関与と強制性を認めた河野談話について、安倍晋三政権が検証を進めているためで、「検証が終わらないと何も進まない」(同)。専門家による検証は今月22日までの国会会期中に報告書の形で提出されるが、両政権は検証の内容を吟味し世論の反応を見定める意向なのだ。
 
 問題をさらに複雑にしているのが、国交正常化がたまたま終戦のちょうど20年後に成し遂げられたという事実だ。
 つまり、国交正常化50周年の来年は、日本には終戦70年であり、韓国にとっては「光復(日本からの独立)70年」なのである。
 
 韓国側では国交50周年を祝うどころか、「(70年を機に)韓日関係を見直すべきだ」との意見や動きがメディアや市民団体の間にある。「慰安婦や徴用工の問題解決を日本に迫るべし」というのだ。
 日本政府サイドは国交50周年に向けた準備を進めているが、「日韓で共同委員会を作ってという段階にない」(外務省筋)。非公式な個々の接触で話題となることはあるが、公式な話し合いはないという。「韓国側としては言いづらい」(ソウルの外交筋)というのが実情のようだ。
  外交レベル以上に深刻なのは両国世論の嫌韓、反日感情だといえる。日本では“嫌韓本”が続々とベストセラーになり、「韓国には譲歩すべきでない」とのムードが続いている。一方の韓国では、来年は日本との友好(国交)よりも反日(光復)の年なのだ。
 
 同外交筋によれば、このままいけば、日韓別々に国交正常化50周年の行事を開催する事態も考えられるという。
 韓国では7月末、国会議員の補欠・再選挙が少なくとも12選挙区で予定されている。朴政権はそれまでに、沈没事故で国民に約束した組織改革や内閣改造を断行せねばならず、統一地方選後も試練が続く。当面、対日外交に力を注ぐ余裕はない。以上久保田るり子氏の論評
 

●米国の100ドル(約1万円)紙幣には、建国の父とされるベンジャミン・フランクリンの肖像が描かれている。そのため、この紙幣は別名「ミスター・フランクリン」とも呼ばれるが、意外にも日常生活ではあまり喜ばれない。
 街の商店で買い物をしたときにこの紙幣を差し出すと、変な人のように思われてしまう。その理由は簡単。釣銭を出すのがわずらわしいからだ。100ドル紙幣が出ないATM(現金自動預払機)も多い。
 
 ちなみに米連邦準備制度理事会(FRB)は1ドル(約100円)から20ドル(約2000円)紙幣を「取引用」、50ドル(約5000円)紙幣と100ドル紙幣は取引にあまり利用されない「価値貯蔵型」に分類している。
 ところが、国外では100ドル紙幣の人気が非常に高い。この紙幣の3分の2が海外で流通していることから「米国にとって最も成功した輸出品」と言われることもある。世界のどこでも通用する上、紙が薄く追跡も難しいため、資産を隠しておくには最適だからだ。
 
 2003年にはイラクのフセイン大統領が住んでいた大統領宮から6億5000万ドル(約650億円)相当の100ドル紙幣の新札が発見された。いわゆる「朴淵次(パク・ヨンチャ)ゲート」の主人公、朴淵次氏は100ドル紙幣の束が入った封筒を常に持ち歩き、政治家や官僚のポケットに押し込んでいた。朴淵次氏は靴会社を営んでいたためか、1万ドル(約100万円)相当の100ドル束を「運動靴1足」と呼んでいた。
 

 韓国では5年前に5万ウォン(約5000円)紙幣が新たに発行されたが、その後、これが贈収賄の主人公になってしまった。原子力発電業界の関係者が6億ウォン(約6000万円)相当の5万ウォン紙幣を自宅に隠していたところを摘発されたり、5万ウォン紙幣の束をビニール袋に入れて自宅の庭に埋めていた政府関係者が摘発されたこともある。
 全羅北道金堤市のにんにく畑をフォークレーンで掘り起こしたところ、賭博業者が隠していた110億ウォン(約11億円)相当の5万ウォン紙幣が発見された。ある貯蓄銀行の会長は車のトランクに56億ウォン(約5億6000万円)相当の5万ウォン紙幣を隠していたが、運転手に盗まれてしまった。この会長は56億ウォンをA4用紙の箱10個に詰め込んでいたという。
 
 ちなみにワインの箱には1億3000万ウォン(約1300万円)相当、ケーキの箱には2億ウォン(約2000万円)相当、アタッシュケースには5億ウォン(約5000万円)相分、リンゴ箱には20億ウォン(約2億円)相当の5万ウォン紙幣が入るという。
 5万ウォン紙幣には16種類の偽造防止技術が使われており、8種類の工程を経て製造されている。紙幣記番号が打たれるまでには45日必要で、これはほかの紙幣の2倍以上だ。材質は紙ではなく、100%綿繊維だ。5万ウォン紙幣1枚に使われる綿繊維の原料価格は、現在の国際相場で200−300ウォン(約20−30円)ほど。また、1万ウォン(約1000円)紙幣の寿命は100カ月とされているが、5万ウォン紙幣はそれよりもはるかに長く使用できる。これまで8億7700万枚、43兆8500億ウォン(約4兆4000億円)分以上が刷られ、発行から5年で韓国における発行済み貨幣全体に占める割合が3分の2を上回るようになった。
 
 しかし5万ウォン紙幣が街で流通し、韓国銀行に戻る割合は徐々に低下しているという。昨年は半分ほど戻ってきたが、今年は3月までに戻ってきたのが10分の3ほどだったという。脱税のために隠し持ったり、低金利の影響で金庫にそのまま保管しておくケースが増えているといった理由が考えられるが、もちろんこれらは仮定に過ぎず、本当の原因など誰にも分からない。地下経済をあぶり出すことが議論されているが、5万ウォン紙幣の登場がこれに悪影響を及ぼさないか懸念される。以上 李明振(イ・ミョンジン)論説委員 
朝鮮日報のコラム

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