<カレンダーへ戻る
バックナンバー 

月末の資金もとめてさまよえる人の捕まり深夜にいたる (06月12日)(木)

 大雨のち小雨 全国的に豪雨被害が発生していて一部では400ミリを超えているところも多い。 8時 トーヨー 8時20分 区へ 9時30分 建築指導課の監査 11時 会計室長の決算説明 12時 案件があって大沼氏来訪要談
 13時15分 施設課 学校建設課の合同監査
 

●中国がベトナムに対する「武力行使」を主張し始めた。領有権を争う南シナ海のパラセル(中国名・西沙)諸島付近での権益を守るため、官製メディアが「銃弾を使うことも正当な権利だ」などといった過激な意見を掲載したのだ。経済失速や官僚腐敗、テロ事件、権力闘争などが直撃する習近平国家主席は、新たな中越戦争で体制維持を図る思惑なのか。
 
 「海上の主権を守るため、1割の武力と9割の話し合いを使うべきだ」「われわれは平和発展というスローガンに手足を縛られることはない」
 中国共産党機関紙、人民日報傘下の環球時報は10日付で、国内の国際政治学者による、恫喝じみた寄稿を掲載した。
 中国の官製メディアが、特定の国に「銃弾を使う」「1割の武力」などと武力行使を主張するのは極めて異例だ。中国当局が国内外の反応を探るため、あえて掲載した可能性もある。
 
 5月初めに、中国がパラセル諸島付近で石油掘削作業を始めて以来、ベトナムとの緊張は高まったままだ。「著しい主権侵害」と反発するベトナム船に対し、中国は軍艦を含む140隻以上の船で、体当たりするなどして追っ払っている。
 パラセル諸島だけでなく、ベトナム北部沖合のトンキン湾でも6日、ベトナム漁船が中国船から衝突され、漁民3人が軽傷を負ったという。10日のベトナム紙トイチェ(電子版)が報じた。陸上の中越国境付近にも、中国人民解放軍が集結しているという。
 
 ベトナム側は緊張緩和に向け、最高指導者グエン・フー・チョン共産党書記長と、中国の習主席との電話会談や、書記長の特使訪中を打診したが、中国側は拒絶している。1979年の中越戦争でも、人民日報が武力行使を示唆する文章を掲載してから急に戦争準備に入った。中国は武力行使に踏み切るのか。
 
 航空自衛隊南西航空混成団司令を務めた佐藤守・元空将は「中国がいつ武力行使に踏み切ってもおかしくない」といい、こう続ける。
 「中朝国境に相当の人民解放軍が集結し、空軍も待機しているとの情報がある。79年の中越戦争直前と酷似している。習主席は、異常な国内情勢のなか、国民の関心を外に向けるしかなくなっている。沖縄県・尖閣諸島は日本も米国も引かないため、ベトナムが選ばれたのだろう。自作自演を含め、ベトナムで中国人が被害に遭うなど、開戦のきっかけを待っているのではないか」
 

●防衛省は11日、東シナ海の公海上空で同日午前11時ごろと正午ごろ、航空自衛隊のYS11EB電子情報収集機と海上自衛隊のOP3C画像情報収集機が中国軍のSu27戦闘機2機の異常接近を受けたと発表した。30〜45メートルまで接近した。中国軍機の異常接近を公表したのは5月24日以来2回目で、政府は外交ルートを通じて中国側に厳重抗議した。
 
 防衛省によると、異常接近があったのは、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の北側上空。日本の防空識別圏と中国が昨年に設定した防空識別圏が重なる空域だった。
 中国軍機は、通常の警戒監視業務にあたっていたYS11EB機に同日午前11時ごろ、最短で約30メートルまで接近。約1時間後にはOP3C機に約45メートルまで近づいた。いずれも自衛隊機の背後から近づき、抜き去っていった。異常接近は数秒間だった。中国機はミサイルを配備していたが、レーダー照射はなかった。領空侵犯はなく、自衛隊機や自衛隊員への被害はなかった。
 
 小野寺五典(いつのり)防衛相は11日夕、都内で記者団に対し「中国軍機の一方的な行動は、偶発的な事故につながりかねない大変危険な行動だ。決してあってはならない」と中国側を批判した。
 日中両政府は、艦艇や航空機同士の不測の事態を防ぐため、防衛当局間の「連絡メカニズム」構築に向けて一度は協議を開始したが、尖閣諸島をめぐる対立で中断している。小野寺氏は「連絡メカニズムの構築が重要だ」と改めて強調した。
 

●韓国の首相候補に指名された文昌克(ムン・チャングク)元中央日報主筆がかつて、教会で講演を行った際「日本による植民地支配や南北分断は神が与えた試練だ」という趣旨の発言をしていたことが分かり、物議を醸している。
 
 文氏は2011年、長老を務めている教会で「神様がなぜ、(韓国が)日本に侵略され、植民地になることを許したのか。心の中で抗議したいだろう。しかしそこには神様の意向があったのだ。私たちに『お前たちは朝鮮王朝500年の無為な歳月を送った民族だ。お前たちには試練が必要だ』というメッセージを伝えたのだ」と述べた。
 
 また別の公演では「神様が南北分断に導いた。それも今となっては、神様の意向だったと私は思う。あの当時のわれわれの体質から考えて、韓国を完全な独立国家にしていたら、共産化は避けられなかった」と主張した。
 
 一方、済州4・3事件(1948年4月3日、済州島で住民が蜂起したのに対し、韓国の軍や警察などが住民を虐殺した事件)については「済州島で4・3暴動が起こり、共産主義者が反乱を起こした」と言及した。また「日本から技術を導入したおかげで韓国は経済開発を成し遂げた。今、日本は韓国よりも衰退しつつあるではないか。これは神様が、暗い地政学を祝福の地政学に変えてくれたということだ」と述べた。
 
 韓国のキリスト教の歴史について講演した文氏は、朝鮮王朝末期の民族性について言及する中で「さっきも申し上げたように、朝鮮民族の象徴は怠惰だ。怠惰で自立性に欠け、他人の世話になること、これがわが民族のDNAとして残っている」と述べた。このような民族性に、今のような変化をもたらしたのがキリスト教精神だというわけだ。
 
 また、愛国啓蒙運動を率いた尹致昊(ユン・チホ)=1865‐1945=については「あの人は最後まで信念に反することをしなかった。たとえ親日だったとしても、後にキリスト教の信仰を持ち続け、死んでいった人だ」と述べた。このような発言について首相室は「韓国社会が経験してきた数多くの試練は、韓国を豊かで強い国にするためにあったということに言及したものだ」と説明した。
 
 一方、文氏が過去に書いた新聞のコラムも論議を呼んでいる。文氏は盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領が死去した2009年5月、「公人の死」と題するコラムで「人として胸の痛むことではあるが、公人としての(盧元大統領の)行動は適切ではなかった。その点が、彼の葬儀の手続きや死後の問題にも反映されることになった」とつづった。
 
 また、金大中(キム・デジュン)元大統領が死去する直前の09年8月には「最後に残ったこと」と題するコラムで「金元大統領については、裏金のプールや海外での資産隠し疑惑がたびたび浮上した。このような疑惑をそのまま葬り去ってしまうのか。きれいな最期があってしかるべきだ」と主張した。以上 黄大振(ファン・デジン)記者 , 趙義俊(チョ・ウィジュン)記者 朝鮮日報。

<カレンダーへ戻る