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朝夕の涼しきあいだ山間を歩みて木々をさがす楽しさ (08月03日)(日)

 第一次夏季休暇終わる。晴れ 34度の猛暑 夕方帰宅する。
 

●習近平体制が発足してから1カ月もたっていない2012年12月6日。中国共産党の党紀違反を取り締まる中央規律検査委員会のホームページに「李春城・四川省党委員会副書記が重大規律違反容疑で取り調べを受けている」という知らせが掲載された。党関係者の間で衝撃が走った。
 
 唐の詩人、杜甫は「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」という意味の詩を残した。
 中国共産党内の権力抗争でいつも使われる手法でもある。大物政治家を失脚させるのに、まずその周りから粛清し、丸裸にしてから本丸を攻めるやり方だ。
 「李氏を突破口に、新政権は周永康を狙っている」。そう感じ取った党関係者は少なくなかった。李氏が、胡錦濤政権で序列9位の大物政治家である周・前党政治局常務委員(71)の側近ということはよく知られていた。
 
 李氏失脚から間もなくして、蒋潔敏・国有資産監督管理委員会主任、李東生・公安省次官ら周氏の腹心といわれる人物が次々と拘束されていく。中国メディアの統計によれば、今年7月までに周氏の元部下や親族など300人以上が拘束されたという。
 そして李春城氏からスタートした周氏失脚劇は、今月29日に終了した。約600日もかかった計算になる。
 
 習国家主席はなぜ、ここまでして周氏を追い詰めなければならなかったのか。
 共産党筋はその理由を以下のように説明する。
 周氏は2010年11月に重慶市を訪問した際、同市党委書記だった薄煕来氏と会談した。薄氏は当時、幼なじみだった習氏が党最高指導者の候補に選ばれたことに大きな不満を抱いており、習氏の能力を否定する発言を繰り返したという。
 
 すると周氏も薄氏に合わせて習氏批判を展開した。その会話を、薄氏の側近で同市副市長だった王立軍氏がひそかに録音していた。王氏は12年2月、四川省成都市にある米国総領事館に亡命しようとした際、その録音を米国側に渡した。このことを米国を通じて知った習氏は激怒し、薄氏だけでなく周氏にも恨みを抱き、打倒することを決心したのだという。
 
 治安・司法部門に大きな影響力を持ち、薄氏の盟友でもある周氏を野放しにすることは、習氏にとってやはり危険だった。また、12年11月に発足した習体制は、政治運動として反腐敗キャンペーンを展開し、「ハエもトラも同時にたたく」と国民に宣言していた。周氏クラスの大物政治家を失脚させることで、国民に対し反腐敗の決意をアピールする狙いがあったともみられている。
 
 そして重要なことは、江沢民派の重鎮として知られた周氏と、元国家主席である江氏本人の関係が最近良くなかったことだ。
 香港紙などによると、周氏の最初の妻は江氏の親族だが、周氏は2000年ごろ、交通事故と見せかけて殺害した。元テレビキャスターの現在の妻と結婚するためだったとされる。最近、この事実を知った江氏は激怒し、周氏の摘発に同意したという。
 
 北朝鮮の金正恩第1書記は、権力掌握をアピールするため、叔父である張成沢(チャンソンテク)氏を粛清した。習氏にとって、周氏の失脚は同じような意味をもっていると指摘する声もある。
 
 中国共産党の大物政治家、周永康氏の失脚が発表され、最高指導部の責任を問わないという長年の不文律が破られ、国内外に衝撃が走った。中国の権力中枢で何が起きたのか。
 習近平政権の狙いは何か。今後の中国政局にどんな影響を与えるのか。党を揺るがした一大事件を検証する。(以下も北京 矢板明夫氏の論評。)
 
 「賈慶林(中国・前全国政協主席)が内モンゴルで軍に拘束された!」「曽慶紅(元国家副主席)がクーデター計画に関与して天津で逮捕された!」
 7月初旬から中旬にかけ中国版ツイッター「微博」で、中国共産党の元最高指導部メンバー2人の失脚情報が飛び交った。
 
 だが、間もなくして「ガセネタ」であることが確認された。これら長老が公衆の前に姿を見せ、健在ぶりをアピールしたからだ。
 インターネット規制が厳しい中国では、政治家失脚に関するニセ情報は最大のタブーとされる。見つかればすぐに削除され、転載しただけで罪に問われる。ネット警察の厳しいチェックをすり抜け、短時間で拡散していった今回の怪情報は「当局に黙認されていた」ともみられている。
 
 背景について、権力闘争に詳しい党関係者は「習近平指導部による両長老への牽制(けんせい)球だ」と解説する。
 賈氏と曽氏はいずれも巨額の不正蓄財疑惑を抱えており、自身に飛び火することを避けるため、周永康・前政治局常務委員への調査に反対していた。習国家主席周辺は、彼らの動きを封じ込めるため、ニセ情報をあえて流し、「反対すれば、あなたたちもやるぞ」と脅したというのだ。
 しかし、こうした情報操作は両長老の大きな怒りを買ったとされ、党内抗争の火種は残されたままである。
 
 8月初め、党にとって最も重要な会議の一つの北戴河会議が開かれる予定だ。長老を含む党要人が重要方針や人事を非公式協議し、習指導部の1年間の成果と問題点も総括される。
 習氏は2012年11月の体制発足当初、長老らと良好な関係を保っていた。が、一連の反腐敗キャンペーンを強引に進めて多くの高官を摘発し、長老らの不興を買ったといわれる。
 
 習指導部が周氏への調査を公表したのは7月29日。つまり、長老らに阻止されないように、北戴河会議の開幕前に先手を打とうという戦術だった。
 中国の司法関係者によると、習指導部が周氏への調査をこの時期に明らかにしたのには、もう一つ重要な理由がある。
 殺人罪などで死刑判決を受けた四川省の富豪、劉漢氏の死刑執行を延期させる必要があったのだという。
 
 劉氏は周氏の長男のビジネスパートナーで、周氏に便宜を図ってもらい、十数年で400億元(約6800億円)もの資産を築いたとされる。昨年、逮捕され、今年5月の1審で死刑判決を受けた。
 ところが、この裁判は周氏を守ろうとする長老の息がかかった勢力が主導したといわれているのだ。法廷では周氏との癒着など経済面の不正には一切触れられず、暴力団組織を率いて犯した殺人などの罪だけが問われた。2審はすでに7月中旬に結審している。
 
 二審制を採用する中国では、この判決が確定すれば劉氏は処刑される。それは習指導部にとって、周氏の経済犯罪を証言する重要証人を失うことを意味する。
 北戴河会議の開幕、そして重要証人が口封じされる前に、習指導部は周氏への調査を公表せざるをえなかった。党内で十分な根回しがなされたとはいえない。
 
 今年の北戴河会議は、習指導部と長老らの確執がさらに深まり「紛糾する可能性もある」と予測する党関係者もいる。極めて異例の事態なのだ。以上北京 矢板明夫氏の論評
 
 北戴河会議とは・・・。
 中国共産党の実力者たちが毎年夏、渤海湾に臨む避暑地の北戴河に集まって開く非公式重要会合。建国の父、毛沢東が夏に同地の海で泳ぐ習慣に合わせ、党、政府、軍の指導者が集まるようになったのが由来といわれる。引退した指導者にも発言権が与えられる。二重権力構造への批判から2003年に廃止されたが、長老らの猛反対で復活した。

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