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アリババの上場二五兆円過熱人気に思惑さまざま (09月18日)(木)

 曇り 22−25度C 6時45分−7時15分 散策 9時時30分 案件があって山田さんが来訪 13時15分 図書館流通センターの監査 14時 ヴァイアックス 小岩 松江 小松川図書館の監査
 

●朝日新聞を「報道機関」と見るから腹が立つのである。今回の慰安婦問題や、東京電力福島第1原発の吉田昌郎元所長の証言をまとめた「吉田調書」の大誤報をめぐる対応や、同社の過去を振り返って、私は「実は、朝日は報道機関ではないのではないか」と思わざるを得なくなった。
 
 保守派言論人の中には「朝日は終戦後、変身した」という人がいる。確かに、朝日は戦争中、「海鷲の忠烈、万世に燦たり」などと軍を賛美し、「鬼畜米英」と国民の反米意識をかき立てた。従軍記者の報道を大々的に報じて大きく部数を伸ばした。
 
 だが、開戦(1941年12月)の3カ月前に発覚した「ゾルゲ事件」を忘れてはならない。
 
 同事件では、朝日記者だった尾崎秀実(ほつみ)が首謀者の1人として逮捕された。尾崎は近衛文麿政権のブレーンとして、政界や言論界に影響力を持っていたが、実際は共産主義者で、コミンテルンの指示で諜報活動や、日本軍の北進(ソ連侵攻)を阻止する工作活動を行っていた。
 
 尾崎は「対中国強硬論」「対米開戦論」を声高に主張していた。ソ連を日本から守る一方、日米両国を戦わせて双方を自滅させ、戦後の世界をソ連が支配するために狂奔していたのである。
 
 朝日報道などの後押しも受け、日本は対中、対米戦争を戦い、敗戦した。
 
 日本人は諜報・工作活動に疎い。古今東西、「報道の自由」を旗印に情報活動ができる新聞記者はスパイに近い職業だが、政治家や高官は「新聞記者」なる肩書に、つい気を許してしまう。
 
 1963年に統合幕僚会議事務局に勝手に入り込んだ新聞記者が「演習秘文書」を持ち出し、社会党議員に渡して国会で大問題になる「三矢事件」が起きた。この時の“窃盗犯”は出世したようだが、“被害者”である自衛官は処罰され、日本で有事研究はタブーとなった。

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